"この家は俺のものだ" 第10話
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完結第11話
帰ってきた長男に家はなかった
昭和21年の春、10歳の正一は母に手を引かれ、復員列車から降りてくる父を待っていた。 3年前に出征した父・慎太郎は、痩せ細った姿でようやく故郷へ戻ってきた。母は泣き崩れ、正一は家族が元に戻ると信じた。 しかし、呉服店の前に立った祖父は、帰ってきた父に向かって言った。 「お前は、この家には入れん」 父がいない間、店を守っていたのは弟の隆次だった。さらに父の後ろには、引き揚げの途中で出会った若い女性の姿があった。 待ち続けた妻、店を守った弟、帰る場所を失った女性、そして戻ったはずの家に居場所をなくした父。 戦争が終わっても、家族の時間は元には戻らない。 復員列車が運んできたのは、再会の喜びだけではなかった――。時代|歴史|昭和1.6万字5 1908 -
完結第11話
新幹線の日、父は駅弁を売らなかった
昭和39年10月1日。東海道新幹線が開業し、日本中が「夢の超特急」に沸いていた朝。 静岡の小さな駅で30年駅弁を売ってきた石田栄吉は、その日だけ木箱に弁当を詰めようとしなかった。 炊き上がったご飯も、煮物も、玉子焼きもある。駅前には祝賀の小旗が並び、息子の明夫は「今日こそ一番大事な日だ」と父を責める。 しかし栄吉は、古い腕時計を見つめたまま静かに言った。 「今日は売らない」 新幹線の時代を嫌ったのか。それとも、変わっていく世の中についていけなくなったのか。 だが昼前、明夫は家に残された古い時刻表を見つける。赤鉛筆で丸をつけられていたのは、もう二度と同じ形では来ない一本の普通列車だった。 父が本当に見送りたかったものは、列車だけではなかった――。時代|歴史|昭和1.6万字5 26 -
完結第10話
出征前、父が婚姻届を出した
昭和18年、戦局が悪化する中、法律を学んでいた大学生・藤原正一にも出征の知らせが届く。 長男として家を継ぐはずだった息子が、いつ戻るかも分からない戦地へ向かう。その現実を前に、父・宗吉は正一の婚約者・志津子を呼び、突然こう告げた。 「今すぐ、藤原家の嫁になれ」 息子に何かあった時、婚約者のままでは守れない。そう考えた父の決断だった。だが志津子は、家族全員の前で静かに首を振る。 「私は正一さんと結婚したいんです。藤原家を守るために嫁になるんじゃありません」 出征を前にした息子、家を守ろうとする父、そして自分の人生を他人に決められまいとする婚約者。 別れの日、駅のホームで父が取り出した一枚の婚姻届が、三人の運命を大きく変えていく――。時代|昭和1.5万字5 207 -
完結第11話
日本人に戻れた父、戻れなかった娘
昭和27年4月28日。講和条約が発効し、日本が再び独立国として歩み始めた日、父はラジオの前で静かに喜んだ。 「これで俺たちも、ようやく日本人に戻れたようなもんだ」 しかし、20歳の娘・美津子だけは笑わなかった。 彼女は満州の奉天で生まれ、13歳までそこで暮らした。父にとって日本は「帰ってきた祖国」だったが、美津子にとって日本は、戦後に初めて足を踏み入れた知らない土地だった。 引き揚げ後の暮らし、周囲の視線、結婚を前に突きつけられる“向こう生まれ”という言葉。 「私の故郷は、誰が決めるの?」 講和の日に交わされた父と娘の一言は、長く黙ってきた家族の傷を静かに浮かび上がらせていく――。時代|歴史1.6万字5 19 -
完結第11話
毎週木曜、つながらない番号へ
昭和34年の秋、山あいの小さな町で交換手として働く19歳の美代子は、毎週木曜の夜8時40分にかかってくる奇妙な電話に気づく。 駅前の赤電話から、決まって同じ女が頼む番号。 「三七二番をお願いします」 しかしその番号は、半年前に閉鎖された繊維工場の女子寄宿舎のものだった。もう誰もいないはずの場所へ、女は雨の日も風の日も、同じ時刻に電話をかけ続けていた。 やがて美代子は、古い接続記録の中に不自然な最後の通話を見つける。 昭和34年3月12日。 その夜を境に、寄宿舎からの電話は途絶えた。 そして11月最初の木曜日、今度は若い男の声が交換台に届く。 「妹を探しています」 半年間つながらなかった番号と、夜勤者名簿から赤い鉛筆で消された一人の少女。 閉ざされた寄宿舎で、あの夜いったい何が起きたのか――。歴史|昭和1.6万字5 138 -
完結第10話
銀行員の妻も列に並んだ日
昭和2年、大阪。 銀行の前には、通帳と印鑑を握りしめた人々の長い列ができていた。怒号が飛び交う中、銀行員の藤田清吉は何度も声を張り上げる。 「預金は安全です!」 しかし清吉自身、その言葉を心から信じてはいなかった。前夜、支店長室で告げられたのは、銀行がすでに危うい状態にあるという現実だった。 それでも行員として、人々を落ち着かせなければならない。 そう思って列の前に立った清吉の目に、ある人物の姿が飛び込んでくる。 通帳を握りしめ、預金を下ろす列に並んでいたのは、ほかでもない清吉の妻・春江だった。 銀行を守るのか、預金者を守るのか、それとも家族を守るのか。 昭和金融恐慌の混乱の中で、一人の銀行員が向き合ったのは、お金よりも重い「信用」の崩壊だった。時代|歴史|昭和1.5万字5 85