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"出征前、父が婚姻届を出した" 第1話

1810

京の町でさな印刷を営む藤原では、そのも朝から械の音が響いていた。父の宗吉はの奥で帳面を確認し、母の美代は居とき来しながら事をこなし、妹の節子は空いたを見つけて針仕事をしていた。

男の正は22歳だった。学で法律を学び、卒業まではあと2ほどあるはずだった。

宗吉は以から、息子の将来について急かしたことがなかった。

学をたらを継ぐか、役所へ入るか。そのになって決めればいい」

印刷の跡取りだからといって、必ず業を継げとは言わなかった。学へかせた以、自分でを考えればいいというのが、宗吉なりの考えだった。

も、まだがあるとっていた。

授業を受け、本を読み、友たちと将来について話す。卒業に何をするのか、婚約の話がている志津子といつ結婚するのか、それらはすべてし先のことだった。

ところが、そのになって状況が変わった。

戦局が厳しさを増す、学に認められていたの徴兵延期が止されることになったのである。

学の掲示板のには、これまで見たことがないほどくの学が集まっていた。誰もが貼りされたらせを見げ、その内容を何度も読み返していた。

声で騒ぐ者はいなかった。

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隣の友と顔を見わせる者。

無言で唇を噛む者。

何度読み直しても文字のが変わらないことを確かめるように、そのからかない者もいた。

には、わざとるく振るう者もいた。

「とうとう俺たちの番だな」

そう言って友の肩を叩き、笑う学がいた。

笑われた方も笑い返した。

けれど、その笑顔はく続かなかった。

は掲示板のかられたあとも、すぐにはへ帰らなかった。いつものを歩きながら、へ戻ったに何と言えばいいのか考えていた。

自分のでも、まだ現実になりきっていなかった。

朝まで、自分はだった。

あと2ほど学び、そのを考えるつもりだった。

志津子との結婚も、卒業して仕事が決まってから両で話しえばいいとっていた。

それが数枚のによって、突然先の見えない話になった。

夕方、正が帰宅すると、いつものように印刷の音がしていた。

宗吉はの帳面を見ていた。最も資材も以のようにはに入らず、仕事のやりくりは簡単ではなかった。

度自分の部こうとしたが、を止めた。

先延ばしにしても仕方がない。

茶のへ入り、父のに座った。

台所では美代が根を切っていた。節子は窓際で針を持ち、布を繕っていた。

「父さん」

宗吉は帳面から目をげた。

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「何だ」

は膝のに両を置いた。

普通に言おうとした。

できるだけ何でもないことのように言えば、族も必にならないかもしれないとった。

しかしいた瞬、自分の声がくなっていることに気づいた。

「俺もくことになった」

台所から聞こえていた包丁の音が止まった。

節子も針を持ったままを止めた。

誰も、

「どこへくの」

とは聞かなかった。

聞く必がなかったからだった。

宗吉だけは、すぐに表を変えなかった。

帳面を閉じ、息子の顔をじっと見た。

「いつだ」

「まだ正式な入営は分からない。でも、くはないとう」

はそこまで言って目を伏せた。

美代は根を切るを止めたまま、台所の端に座り込んだ。

「そう……」

それ以、何も言えなかった。

節子は兄の顔を見た。

はいつもと変わらないように見えた。声も穏やかで、顔も普段と同じだった。

けれど膝のに置かれた両だけが、く握りしめられていた。

宗吉はその度見たが、何も言わなかった。

「飯にしよう」

やがてそう言い、帳面を横へ置いた。

そのの夕は、いつも以に静かだった。

誰も正がこれからどこへくのか、帰ってこられるのかという話をしなかった。話したところで答えがないことを、皆分かっていた。

事が終わる頃になって、宗吉が突然いた。

、志津子さんのく」

が顔をげた。

「何で?」

宗吉は湯呑みを置いた。

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