"出征前、父が婚姻届を出した" 第4話
正は言った。
「でも、俺が帰れないかもしれないからって、志津子にここにいろと言うのはおかしい」
志津子の母は目を伏せた。
父親も言葉を失っていた。
誰もすぐには次の言葉をせなかった。
その夜、結婚の話はまとまらなかった。
志津子の両親は何度も宗吉と美代にをげた。
「娘が失礼なことを申しまして」
宗吉は返事をしなかった。
志津子は最に正を見た。
何か言いたそうだったが、両親のでは何も言わなかった。
玄関の戸が閉まったあとも、藤原の茶のにはい空気が残った。
宗吉は息子を見ようともせず、の奥へ入っていった。
そのから数、父と息子は必なこと以、ほとんどをきかなかった。
学では、征に向けた準備が始まっていた。
しまで授業や試験の話をしていた学たちが、自分の本を理し、宿を引き払い、故郷へ戻る相談をするようになった。
正も机ののものをしずつ片づけた。
何冊かの本は輩へ譲った。
「これ、使うか」
差しすと、輩は受け取るのをためらった。
「でも先輩、戻ってきたら必でしょう」
正は瞬返事に困った。
「そのは、また買えばいい」
そう言って笑った。
相も笑った。
しかし2とも、それ以のことは言わなかった。
周囲では、急いで結婚を決める学も増えていた。
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ある友は、りって半ほどの女性と婚姻届をすことにしたと話した。
「今週すよ」
荷物をまとめながら、その友は何でもないことのように言った。
正は驚いた。
「何でそんなに急ぐんだ」
「急ぐも何も、がないからな」
友は笑った。
「帰れなかった、何も残らないのは嫌だから」
正は何も言えなかった。
友の考えが違っているとはわなかった。
むしろ自然な気持ちなのかもしれないともった。
好きなと正式に夫婦になってから征したい。
自分がいなくなったあとも、何かつながりを残したい。
そう考えるがいることは理解できた。
ただ、同じ選択を志津子に求めることだけは、自分にはできなかった。
帰宅すると、節子が正の部で本を理する兄を見ていた。
本棚の隙がしずつ増えていく。
学へ入った、正が嬉しそうに並べていた本だった。
節子には、それだけで兄が本当にくへく準備をしているように見えた。
「兄ちゃん」
「ん?」
「本当に結婚しなくていいの?」
正は本棚から1冊抜きながら答えた。
「いいんだ」
節子はしを置いた。
「志津子さん、待っててくれるかな」
本を持った正のが止まった。
「分からない」
節子はわず兄の顔を見た。
「分からないの?」
「分からないよ」
「だって婚約してたんでしょ」
「してたって、俺が2、3に帰るかどうかも分からない」
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正は本を机のへ置いた。
「志津子の気持ちだって変わるかもしれない」
「そんなの……」
節子は言いかけた。
好きななら待つものではないのか。
結婚すると決めた相なら、何でも待つのが正しいのではないか。
まだ若かった節子には、そうえた。
正は妹の表を見て、しだけ笑った。
「変わっていいんだよ」
「どうして?」
「の気持ちは、命令して止めておけるものじゃないから」
節子は納得できなかった。
「兄ちゃんは平気なの?」
正はすぐには答えなかった。
窓のを見た。
の奥から印刷の音がしていた。
「平気じゃないよ」
その声は穏やかだった。
「志津子がずっと待っててくれたら嬉しい。でも、それを俺が言ったら、あいつは待たなきゃいけなくなるかもしれない」
節子は黙って聞いた。
正は机の端に腰をかけた。
「俺が番怖いのはな」
そこで言葉を止めた。
節子が兄を見た。
「帰れないことじゃない」
「じゃあ何?」
正は自分のを見た。
「俺が帰れないせいで、誰かのまで止まることだ」
節子は、その言葉をすぐには理解できなかった。
自分が帰れないことより、残されたのが止まることの方が怖い。
なぜ兄がそんなことを言うのか、分からなかった。
けれど正の表を見て、それ以質問することはできなかった。
数、正式な入営のが決まった。
11。
残されたは3週もなかった。
そのらせが来ても、宗吉は婚姻届の話を度とにしなかった。
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