"出征前、父が婚姻届を出した" 第5話
だからといって、正や志津子の考えを受け入れたようには見えなかった。
父と息子のには、まだ言葉にならないものが残っていた。
発までの々は、これまでと同じようでいて、何もかもが違って見えた。
正は学とを往復し、必な続きを済ませた。へ戻れば宗吉の仕事をし伝ったが、父とは必以に話さなかった。
宗吉も何も言わなかった。
仕事の指示はする。
事のには同じ卓を囲む。
しかし志津子の名も、あのの言い争いもにしなかった。
美代は息子の持ち物を揃え始めた。
着。
拭い。
さな用品。
そして枚枚に名をつけていった。
ある夜、節子も母の隣へ座った。
い布に墨で、
「藤原正」
とく。
それを類へ縫いつける。
「曲がってるよ」
母に言われ、節子は縫い直した。
「ごめん」
「急がなくていいから」
美代はそう言ったが、自分のも々止まっていた。
節子は何枚目かの布をに取った。
藤原正。
藤原正。
同じ名を何度もいた。
それまで名というものは、学の持ち物や本にくものだった。
なくさないため。
誰のものか分かるようにするため。
けれど、その夜の節子には違ってじられた。
兄のに枚ずつ名を縫いつけていると、正というがここにいた証拠を残しているような気持ちになった。
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「母さん」
「何?」
節子は針を止めた。
「兄ちゃん、帰ってくるよね」
美代のが瞬止まった。
だが顔をげずに答えた。
「帰ってくるよ」
それが願いなのか確信なのか、節子には分からなかった。
「きっと帰ってくる」
美代はもう度言った。
節子も頷いた。
その言葉を信じるしかなかった。
発を翌に控えた午、志津子が1で藤原を訪ねてきた。
宗吉はの仕事でへていた。
美代が玄関へると、志津子は丁寧にをげた。
「あの……正さんは」
「階にいるよ」
美代はしだけ考え、節子の方を見た。
「お茶はあとでいいから」
その言葉で節子にもが分かった。
美代は志津子を階へげ、2きりにした。
正の部は、以よりずいぶん物が減っていた。
本棚にも空きがあり、机のも理されていた。
志津子はそれを見渡した。
「本、ずいぶん減ったね」
「輩にやった」
「そう」
それから2とも黙った。
話したいことはたくさんあるはずだった。
けれど、何から話せばいいのか分からなかった。
、正はく。
次に会えるがいつになるのか分からない。
そんなに、普段のような話をすることもできなかった。
しばらくして、正がをいた。
「待たなくていいから」
志津子の表が変わった。
「何それ」
「いや……」
「それをあなたが決めないで」
正は困ったように笑った。
「じゃあ、どう言えばいい」
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「何も言わなくていい」
「でも、何になるか分からないぞ」
志津子は正を見た。
「私が待ちたければ待つ」
しを置いた。
「待てなくなったら待たない」
「志津子」
「それは私が決める」
正は黙った。
数、父へ自分が言ったことと同じだった。
志津子のを自分のために止めたくない。
だが、それを理由に「待つな」と言うこともまた、彼女の決断を自分が先に決めることになる。
正はようやく気づいた。
「分かった」
「本当に?」
「分」
志津子がしだけ笑った。
それから彼女は言った。
「あなたも帰るって約束しないで」
正が驚いて顔をげた。
「普通、そこは帰るって言うところじゃないのか」
「言わなくていい」
志津子の声は静かだった。
「約束される方がつらいから」
帰ると約束しても、本当に帰れるかどうかは正にも分からない。
約束を信じて待ち続けることが、いつか自分を苦しめるかもしれない。
志津子は、それを分かっていた。
正はい何も言えなかった。
やがて、さく頷いた。
「じゃあ、約束しない」
「うん」
「待てとも言わない」
「うん」
2がそのに交わしたのは、何の保証にもならない言葉ばかりだった。
結婚の約束もしない。
待つ約束もしない。
必ず帰るとも言わない。
それでも2にとっては、その方が正直だった。
最に志津子が帰る、正は玄関まで見送った。
「また」
正が言った。
志津子も、
「また」
とだけ答えた。
それが征、2が交わした最の言葉になった。
発の。
駅には朝から勢のが集まっていた。
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