"出征前、父が婚姻届を出した" 第8話
それでも自分ので々ここへ来る。
宗吉は、その距を尊するようになっていた。
あるの、志津子と節子が正の部を掃除した。
窓をけるとたいが入った。
机にはく埃が積もっていた。
節子が雑巾をかけながら言った。
「志津子さん」
「何?」
「まだ兄ちゃんを待ってる?」
志津子は瞬を止めた。
以なら、節子もそんなことを直接聞けなかった。
志津子は窓のを見た。
「分からない」
節子は驚いた。
兄と同じ答えだったからだ。
「分からないの?」
「うん」
「じゃあ、待ってないの?」
志津子はし考えた。
「正さんが帰ってきたら会いたい」
「うん」
「無事でいてほしいとってる」
「うん」
「でも、それを待ってるって言うのかどうかは分からない」
節子は黙った。
志津子は雑巾を畳み直した。
「毎ずっと正さんのことだけ考えて暮らしているわけじゃないから」
その言葉はしたいようにも聞こえた。
けれど節子は、もう昔のように「好きならずっと待つべきだ」とはわなかった。
志津子には志津子の々がある。
それでも兄が帰れば会いたいとっている。
それでいいのかもしれなかった。
昭21のになっても、正は戻らなかった。
節子はを伝うが増えていた。
宗吉も以より髪が目つようになった。
美代は何度も、
「今こそ帰るよ」
と言った。
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誰に言い聞かせているのか、自分でも分かっていないようだった。
そして6。
そのは特別なではなかった。
朝からいつも通りをけ、宗吉が奥で仕事をし、美代がのにいた。
節子は先でをまとめていた。
暑くなり始めた午だった。
何気なく通りへ顔を向けた節子は、向こう側に1の男がっているのを見つけた。
痩せていた。
軍ではなかった。
さな荷物を1つ持っていた。
男はの向こうから、じっと藤原のを見ていた。
節子も男を見た。
見覚えがあるような気がした。
しかし、瞬誰なのか分からなかった。
頬が痩せ、以よりずっとびて見えたからだった。
男が笑った。
「節子」
その声を聞いた瞬、節子のからの束が落ちた。
「父さん!」
節子はの奥へ向かって叫んだ。
声が裏返った。
「父さん!」
宗吉が何事かと奥からてきた。
美代も居の方から顔をした。
節子は通りを指さした。
「兄ちゃんが帰ってきた!」
宗吉がきを止めた。
美代は節子の横をすり抜け、へた。
の向こうにいた男も、ゆっくり歩いてきた。
づくほど、正だと分かった。
痩せていた。
顔つきも変わっていた。
征の学だった頃とは、同じとはえないほどだった。
それでも笑ったの目は、昔の正だった。
美代は途まで駆け寄ったものの、数歩でを止めた。
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「正……」
名を呼んだだけで、次の言葉がなかった。
正は母を見た。
「ただいま」
美代は元を押さえた。
そして息子へづき、腕を何度も触った。
本当にここにいるのか確かめるようだった。
節子も駆け寄った。
「兄ちゃん、本当に?」
正は笑った。
「本当にって何だよ」
その言い方まで昔と同じで、節子は泣きながら笑った。
宗吉だけはの入にっていた。
正が父を見た。
宗吉も息子を見た。
征の、駅で別れて以来だった。
2のには、言えなかったことがいくつも残っていた。
婚姻届をめぐって言い争ったこと。
父が駅でを破ったこと。
正が征したこと。
何も帰れなかったこと。
宗吉は何か言おうとした。
がいた。
けれど声にならなかった。
正の方が先にをいた。
「ただいま」
宗吉は度頷いた。
それから、もう度頷いた。
何度も頷いた。
「……おう」
それだけだった。
そのの藤原では、久しぶりに4が同じ卓を囲んだ。
正がどこで何をしていたのか、族は聞きたいことがたくさんあった。
だが度に質問することはできなかった。
美代は事をしては、
「もっとべなさい」
と言った。
節子は兄の顔を見続けた。
宗吉は何度も湯呑みにを伸ばした。
正も、自分から詳しい話をしようとはしなかった。
ただのを見回した。
「何も変わってないな」
節子は笑った。
「変わったよ。私だってきくなったし」
「そうか?」
「そうだよ」
以なら何でもない会話だった。
それがそのは、族全員にとって切なものにえた。
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