"出征前、父が婚姻届を出した" 第9話
夕方くになり、正はちがった。
美代が尋ねた。
「どこへくの?」
正はし照れたように言った。
「志津子の」
節子はわず笑った。
「やっぱり」
正は妹を睨む真似をした。
宗吉は黙っていた。
正が玄関で靴を履き始めると、父が声をかけた。
「正」
振り返った。
宗吉は何か言いかけた。
征なら、
「結婚の話をしてこい」
と言ったかもしれない。
あるいは、
「志津子さんを待たせたんだからく決めろ」
と言っただろう。
しかし宗吉はしを置いたあと、違う言葉をにした。
「ってこい」
正は父を見た。
「うん」
それだけ言ってをた。
志津子のまでのは、征に何度も歩いただった。
ただ正には、同じには見えなかった。
自分自が変わったからなのか。
町が変わったからなのか。
どちらか分からなかった。
志津子ののに着くと、正はしばらくったままけなかった。
征、最に会ったの会話をいした。
待たなくていい。
それをあなたが決めないで。
私が待ちたければ待つ。
待てなくなったら待たない。
あなたも帰るって約束しないで。
結局、2は何つ約束しなかった。
だから正には、今の志津子がどうしているのか分からなかった。
気持ちが変わっているかもしれない。
すでに別のを考えているかもしれない。
それでも、その答えを聞くために来たのではなかった。
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正は玄関のにち、声をかけた。
しばらくして戸がいた。
志津子が現れた。
2とも、すぐには何も言わなかった。
志津子は正の顔を見たまま、目を潤ませた。
正も笑おうとしたが、うまく笑えなかった。
やがて志津子が言った。
「おかえりなさい」
正はさく頷いた。
「ただいま」
それだけで分だった。
正が志津子のを訪ねたのは、結婚の取りを決めるためではなかった。
何もれていたのだから、以と同じところからすぐに続きを始められるとはっていなかった。
戦争へく、2には予定があった。
正が学を卒業する。
仕事を決める。
そので結婚する。
どこにむのか。
藤原のを継ぐのか。
別の仕事へむのか。
何かかけて、1つずつ考えるつもりだった。
しかし戦争は、その「考える」を途で奪った。
昭18の。
学だった正は突然、
「今を決めろ」
と迫られた。
宗吉も同じだった。
息子がいつ帰るか分からない。
だから今すぐ婚約者を嫁にして、との関係を固めなければならない。
そう考えた。
宗吉なりに、息子と志津子を守ろうとしていたのだろう。
だがその方法は、志津子へ別のを押しつけるものでもあった。
正がいなくても藤原の嫁として暮らす。
もし正が帰らなくても、そのままに残る。
宗吉はそれを当然だとっていた。
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志津子は拒んだ。
正も父へ逆らった。
そして発の、宗吉自が婚姻届を破った。
「帰ってきてから、自分たちで決めろ」
駅で父が言ったその言葉を、正は何度もいしていた。
あのは、帰ってこられるかどうかも分からなかった。
だが実際に帰ってきた今、ようやくその続きを考えるが来た。
正と志津子は向かいって座った。
すぐに将来の話には入らなかった。
正は自分がいないのことを聞き、志津子も藤原へ々顔をしていたことを話した。
「父さん、何か言った?」
正が聞くと、志津子はし笑った。
「何も」
「本当に?」
「結婚のことは度も言われなかった」
正はそうな顔をした。
「そうか」
「駅で婚姻届を破ったでしょ」
「うん」
「あのから、宗吉さんは何も言わなかった」
正はしばらく黙っていた。
父もまた、あのから変わっていたのだと初めてった。
志津子が藤原へくのも止めない。
来いとも言わない。
嫁のように振るえとも言わない。
ただ、自分ので来る志津子をそのまま受け入れた。
「待ってた?」
正が尋ねた。
志津子はし考えた。
「それ、節子ちゃんにも聞かれた」
「何て答えた?」
「分からないって」
正はわず笑った。
「俺も征、節子に同じこと言った」
「何を?」
「志津子が待っててくれるかって聞かれて、分からないって」
今度は志津子が笑った。
「じゃあ、お互い同じだったんだね」
笑いが収まると、正はし真剣な表になった。
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