"新幹線の日、父は駅弁を売らなかった" 第5話
だから2は、毎回しずつ相のことをっていった。
1週につ。
には何も話せないもある。
それでも次の列が来る。
また会える。
栄吉にとって、1112分はいつしか仕事の刻ではなくなっていた。
が来る刻になっていた。
「母さんも親父のこと待ってたのかな」
夫が尋ねた。
栄吉はすぐには答えなかった。
「どうだろうな」
「結婚したんだから、待ってたんだろ」
「あとになって聞いたらな」
父はしだけ元を緩めた。
「最初の頃は、弁当を買う所を変えるのが面倒だっただけだって言ってた」
夫はわず笑った。
「母さんらしいな」
「そうだろ」
母がくなって6。
のでは母の話題を避けていたわけではない。
それでも、こんなふうに2で笑いながらのことを話したのは久しぶりだった。
父は、ずっと覚えていたのだ。
夫がらない、若い母の声まで。
そして父の話は、まだ終わっていなかった。
がその列に乗る活は、いつまでも続くわけではなかった。
親の体調が落ち着き、町へ戻ることになったからだ。
「母さんが最にこの駅を使うってったのは、いつだったんだ?」
夫が聞くと、栄吉はし目を細めた。
「の週だ」
いつものように弁当を渡した、が何気なく言った。
「来週で、しばらくこの駅には来なくなります」
栄吉は瞬、何を言われたのか分からなかった。
広告
「親が良くなったので、町へ戻るんです」
「そうですか」
てきたのは、それだけだった。
を引き止める理由など、栄吉にはない。
客と駅弁売り。
名をり、し話すようになっただけ。
が来なくなれば、また以のように弁当を売るだけだった。
ところが、その1週は妙にかったという。
「仕事してても、何か落ち着かなくてな」
栄吉は朝から弁当の数を数え、刻表を何度も確認した。
が最に乗る。
1112分。
列が来るまで何度腕計を見たか分からない。
「何か言おうとった?」
「ったさ」
「何を?」
栄吉は苦笑した。
「それが分かってたら苦労しない」
駅弁を売るなら、どんな客にも声をせた。
「弁当いかがですか」
「お茶もありますよ」
声を張ることは何でもなかった。
だがに、
もう会えなくなるのが寂しい。
これからも会いたい。
そう言うことだけは来なかった。
結局、栄吉は別のことをした。
その朝、いつもよりしく厨へ入り、のために弁当を1つ用した。
「特別な弁当?」
夫が聞いた。
「いや」
栄吉は首を横に振った。
「普通の弁当だ」
ただし、売れ残りではない。
来たてのもの。
めたいなり寿司を渡した最初のとは違う。
番良い状態で渡したかった。
列が到着した。
がいつもの窓際にいた。
栄吉は箱から包みを取りした。
「これ」
「注文してませんよ」
広告
「ってます」
「じゃあ……」
「最だから」
はしばらく栄吉を見た。
「おは?」
「いりません」
「このもそう言いましたね」
「今は売れ残りじゃない」
そう言うと、が笑った。
「それなら、もっと払わないといけませんね」
発まではなかった。
駅員の声が響く。
栄吉は何か言わなければとった。
だが何もてこなかった。
は弁当を抱えたまま、列へ乗ろうとした。
そして度だけ振り返った。
「田さん」
「はい」
「またこの駅に来る理由を、作ってくれますか」
栄吉は固まった。
を考えているに、は列へ乗った。
ドアが閉まる。
発ベル。
列はきした。
「それでどうしたんだよ」
夫がわず聞いた。
父はさく笑った。
「どうもしない」
「まさか、そのまま?」
「そのはな」
列が見えなくなってからも、栄吉はしばらくホームにっていた。
の言葉を何度もので繰り返した。
またこの駅に来る理由を、作ってくれますか。
鈍い栄吉にも、さすがには分かった。
数、の実をっているを探した。
そして会いにった。
「親父から?」
「当たりだろ」
「だな」
「うるさい」
その半、2は結婚した。
は町での仕事を理し、栄吉と暮らし始めた。
駅弁の仕事も伝うようになった。
煮物の付けを変えたのもだった。
玉子焼きをし甘くしたのも。
売帳をきちんとつけるようにしたのも。
「おが子どもの頃にってた弁当のは、ほとんど母さんが作ったものだ」
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 6 -
完結第13話
杉原千畝の査証を得た一家、母だけが出国できない
一九四〇年、リトアニア。故郷ポーランドを追われた十六歳のミラは、両親と弟とともに、杉原千畝が発給した日本の通過査証を手にする。しかし、それは長い逃避行の始まりにすぎなかった。 足りない旅費、次々と求められる書類、そして母の名前に生じた一文字の食い違い。ようやく出国の道が見えた時、許可されたのは家族四人のうち三人だけだった。 母を残して出発するのか、それとも全員で待つのか。見知らぬ人々の小さな善意に支えられながら、一家は生き延びるための道を探していく。 杉原千畝の「命のビザ」の史実を背景に描く、家族と希望の物語。時代|歴史|昭和2.7万字5 0 -
完結第20話
磨かなかった靴
昭和23年、上野駅前。靴磨きで生計を立てる十三歳の健太は、町の有力者・篠田が差し出した革靴を見た瞬間、磨くことを拒んだ。その踵には、三年前に生き別れた兄と一緒に縫った、忘れられない傷跡があった。 篠田の怒りを買い、仕事場を失った健太は、仲間たちと暮らしを立て直しながら兄の行方を追い始める。ところが調べるうちに、少年たちの年齢を偽った労働書類と、行方不明の兄の不可解な署名が浮かび上がる。 焼け跡の町で、一足の靴を手掛かりに隠された真実へ近づく少年の、勇気と再生の物語。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 155 -
完結第13話
昭和21年、米を没収された母が引き返した理由
昭和21年秋、食糧難の大阪。三人の子どもを育てる森川澄子は、大切な着物と引き換えに手に入れた二升の米を、買い出し列車で警察に取り上げられてしまう。途方に暮れる母へ、十歳の息子が告げたのは、米袋の中に隠された小さな鉄の箱の存在だった。次の駅で引き返し、警察に事情を話した澄子。しかし、その箱に刻まれた三本の稲穂の印は、母子寮から消えた救援物資と、夫が隠していた仕事の秘密へとつながっていく。家族の生活さえ脅かされる中、一人の母親がたどり着く真実とは――。時代|歴史|昭和|真相2.7万字5 89