"新幹線の日、父は駅弁を売らなかった" 第9話
「今は休みかとったよ」
「午だけ」
「幹線見にってたのか?」
栄吉はし考えた。
「いや。別の列を見てた」
客にはが分からなかっただろう。
それでも、
「そうかい」
と笑って弁当を受け取った。
列が発する。
栄吉は空いた所を見て、次の弁当をえた。
夫はその様子を見ていた。
幹線が業したからといって、父の仕事が今突然消えるわけではない。
だが10、20は分からない。
もっと列が速くなり、がくなれば、ホームで弁当を買う客は減るかもしれない。
堂が増えるかもしれない。
駅の売がもっときくなるかもしれない。
いつか箱を担いで歩く駅弁売りが、本当にいなくなるも来るだろう。
夫は以なら、それを単に「仕方がない」とっていた。
古いやり方はしいやり方へ変えればいい。
便利な方が残る。
それだけだと。
今はし違う。
古いものが役目を終えるには、そのに積みなったのまで緒に消えていく。
父にとって1112分の列がそうだった。
夫にとって、この箱を担ぐ父の姿も、いつか同じになるのかもしれない。
「夫」
栄吉が呼んだ。
「何ぼうっとしてる」
「見てたんだよ」
「伝え」
「はいはい」
夫は父の隣へった。
箱のを確認する。
玉子焼きの入った幕の内が残りなくなっていた。
広告
「母さんの玉子焼き、売れてるな」
「玉子焼きだけ売ってるわけじゃない」
「分かってるよ」
「だったらく次を持ってこい」
夫は笑いながら売へ戻った。
次の列のために弁当を追加する。
包みを並べていると、朝に責任者から聞いた言葉をいした。
幹線が来れば、全部の駅が栄えるわけでもない。
確かにそうだ。
代の変化は、誰にとっても同じではない。
便利になるがいれば、仕事を変えなければならないもいる。
きな駅が栄える方、さな駅では客が減るかもしれない。
だが、それならなおさら考えればいい。
この駅で何を残すのか。
父の箱をそのまま守ることだけが答えではない。
売にカウンターを作ってもいい。
包みを変えてもいい。
列のでべやすい形にしてもいい。
それでも、が考えた甘い玉子焼きは残せる。
父が30守ったも残せる。
「変えるって、そういうことなのかもな」
夫はさく呟いた。
そのの夕方。
最の弁当を売り終えた栄吉は、軽くなった箱を肩に戻した。
朝は1つも弁当を詰めなかった箱だった。
今は空になっている。
だが朝の空っぽとはが違った。
「売れたな」
夫が言った。
「普通だ」
「午休んだわりには」
「しつこいぞ」
父はそう言いながら、しだけ笑っていた。
その夜、へ戻ると、栄吉は古い刻表を卓袱台へ広げた。
広告
夫も向かい側へ座った。
赤鉛で囲まれた1112分。
何も切に取っておいただった。
「これ、どうする?」
夫が聞いた。
「取っておく」
栄吉は迷わなかった。
「やっぱりな」
「悪いか」
「いや」
夫は今から使われ始めたしい刻表を隣へ置いた。
古いとしい。
2つを並べると、代が入れ替わったことがよく分かった。
昨まで当たりだった刻が消え、しい列の数字が並んでいる。
「売の改装の話だけど」
夫が切りした。
栄吉は茶をみながら、
「うん」
と答えた。
「やっぱりめたいとう」
「そうか」
「ホームを歩いて売るのは残してもいい。でも、全部それだけじゃこれから厳しい」
「うん」
「弁当の種類もし考えたい」
「うん」
夫は眉を寄せた。
「反対しないの?」
「さっきからそう言ってるだろ」
「何か1つくらい文句言うとった」
栄吉は湯みを置いた。
「夫」
「何?」
「俺が30やったのは、箱を守るためじゃない」
夫は父を見た。
「弁当を売るためだ」
栄吉は淡々と続けた。
「旅の途で腹が減ったに、うものを渡す。それが仕事だ」
箱で売るか。
売に置くか。
しい包みにするか。
それは代によって変わっていい。
「ただな」
栄吉がしだけ声を落とした。
「べたが、しほっとするものにしろ」
夫は何も言わず聞いた。
「母さんは、そういう弁当を作ってた」
栄吉の言葉に、夫は昼聞いた話をいした。
めたいなり寿司。
半分に割ってくれた。
来たての弁当。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 6 -
完結第13話
杉原千畝の査証を得た一家、母だけが出国できない
一九四〇年、リトアニア。故郷ポーランドを追われた十六歳のミラは、両親と弟とともに、杉原千畝が発給した日本の通過査証を手にする。しかし、それは長い逃避行の始まりにすぎなかった。 足りない旅費、次々と求められる書類、そして母の名前に生じた一文字の食い違い。ようやく出国の道が見えた時、許可されたのは家族四人のうち三人だけだった。 母を残して出発するのか、それとも全員で待つのか。見知らぬ人々の小さな善意に支えられながら、一家は生き延びるための道を探していく。 杉原千畝の「命のビザ」の史実を背景に描く、家族と希望の物語。時代|歴史|昭和2.7万字5 0 -
完結第20話
磨かなかった靴
昭和23年、上野駅前。靴磨きで生計を立てる十三歳の健太は、町の有力者・篠田が差し出した革靴を見た瞬間、磨くことを拒んだ。その踵には、三年前に生き別れた兄と一緒に縫った、忘れられない傷跡があった。 篠田の怒りを買い、仕事場を失った健太は、仲間たちと暮らしを立て直しながら兄の行方を追い始める。ところが調べるうちに、少年たちの年齢を偽った労働書類と、行方不明の兄の不可解な署名が浮かび上がる。 焼け跡の町で、一足の靴を手掛かりに隠された真実へ近づく少年の、勇気と再生の物語。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 155 -
完結第13話
昭和21年、米を没収された母が引き返した理由
昭和21年秋、食糧難の大阪。三人の子どもを育てる森川澄子は、大切な着物と引き換えに手に入れた二升の米を、買い出し列車で警察に取り上げられてしまう。途方に暮れる母へ、十歳の息子が告げたのは、米袋の中に隠された小さな鉄の箱の存在だった。次の駅で引き返し、警察に事情を話した澄子。しかし、その箱に刻まれた三本の稲穂の印は、母子寮から消えた救援物資と、夫が隠していた仕事の秘密へとつながっていく。家族の生活さえ脅かされる中、一人の母親がたどり着く真実とは――。時代|歴史|昭和|真相2.7万字5 89