"毎日パンを持ち帰る少女" 第9話
芳は廊で呼び止めた。
「原さん」
正蔵が振り返った。
「先はありがとうございました」
「こっちが礼を言う方だ」
「美さん、最とてもるいですよ」
「そうか」
正蔵はし照れくさそうに窓のを見た。
庭では学の子どもたちがり回っていた。
「先」
「はい」
「ってのは、どこだ」
芳はし驚いた。
「ご覧になりますか?」
「邪魔じゃなければな」
授業参観が終わっただったため、芳はのまで正蔵を案内した。
では調理員が器を片づけていた。
きな釜。
積みのアルミ器。
洗われた牛乳缶。
そして翌用の材料が置かれていた。
正蔵は窓越しに、しばらく黙って眺めていた。
「ここで何分作る」
「全で600くです」
「毎?」
「毎です」
正蔵はまた黙った。
その、主任が芳に気づき、へてきた。
「田先、おりいですか?」
「52組の原さんのおじいさまです」
主任は笑顔でをげた。
「いつも美さんには残さずべてもらってます」
正蔵はし困った顔をした。
「いや、は半分持って帰らせてまして」
主任は事をらず、首を傾げた。
芳が「いろいろありまして」とだけ言うと、正蔵がをいた。
「勢の子どもの飯を作るのは変でしょう」
「ええ。でも、みんなべ盛りですから」
「も作る?」
主任は笑った。
「もちろんです」
正蔵はその言葉を聞くと、しばらくを見つめていた。
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も作る。
たったそれだけの言葉だった。
しかし正蔵にとっては、18には誰も約束してくれなかった言葉でもあった。
帰り、美は祖父の隣を歩いた。
「学どうだった?」
「騒がしい」
「は?」
「でかい鍋だった」
「パン、本当に毎あるでしょう?」
正蔵はを鳴らした。
「もう分かった」
「本当に?」
「しつこいな、おも」
そう言いながら、正蔵はし笑っていた。
をたところで、美が聞いた。
「おじいちゃん、さい頃は何が好きだった?」
「える物なら何でも好きだった」
「そうじゃなくて」
「じゃあ芋だな」
「毎芋でも?」
正蔵はしばらく考えた。
「毎あるなら、それで分だった」
美にはまだ、その言葉のさをすべて理解することはできなかった。
それでも祖父のを握った。
正蔵は振りほどかなかった。
休みがづく頃、52組では1学期最ののを迎えた。
献は野菜のシチュー、脱脂乳、そしてコッペパンだった。子どもたちは「またパンか」と言いながら配膳を受け取り、暑さのせいで欲のない者はしをかけてべていた。
美はパンをつに割った。
以なら片方をに包んでいただろう。
しかしそのは、マーガリンをく塗り、両方ともべた。
向かいに座る美智子が気づいた。
「今は持って帰らないの?」
「うん」
「おじいちゃん、もういいの?」
美は笑った。
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「もう信じたから」
それからし考えて付け加えた。
「たぶん」
は笑った。
放課、芳が職員で成績表を理していると、のくに正蔵がっているのが窓から見えた。
何事かとってへた。
「原さん、どうしました?」
正蔵は呂敷包みを差しした。
「これ」
には畑で採れたキュウリとナスが入っていた。
「こんなにいただけませんよ」
「先にやるんじゃない。のたちにでも分けてくれ」
「でも……」
「パン代だ」
芳はわず笑った。
「パン個で、こんなにはいただけません」
正蔵もし笑った。
「じゃあ礼だ」
それだけ言うと帰ろうとした。
芳は呼び止めた。
「原さん」
「何だ」
「もう、毎パンがるって信じられましたか?」
正蔵は振り返った。
しばらく答えなかった。
舎の向こうでは、子どもたちがる声が響いていた。
「先」
「はい」
「信じるってのは、簡単じゃないな」
芳は黙って聞いた。
「昔、度なくなったものは、またなくなる気がする。飯も、仕事も、もな」
正蔵は舎を見げた。
「でも、このここへ来て、を見た。も作るって言われた」
しを置いた。
「もあるって言われるのは、いいもんだ」
芳の胸がくなった。
正蔵は照れ隠しのように咳払いをした。
「美には言うなよ。寄りが妙なこと言ってたって」
「言いません」
「絶対だぞ」
「はい」
正蔵が帰った、芳は呂敷包みを抱えたまま、しばらく庭を見ていた。
昭38。
戦争が終わって18。
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