"ATMで呼ばれた「奥様」" 第1話
「奥様、別へどうぞ」
その言葉のが、私にはすぐに分からなかった。
10の終わりの平の昼がりだった。玉縦野町にある央のさな支、その入脇のATMコーナーで、私は戻ってきたキャッシュカードをにしたままち尽くしていた。
画面には、い文章が表示されていた。
《このカードはお取り扱いできません。恐れ入りますが、窓へお越しください》
暗証番号はまだ押していない。3、嫌になるほどので繰り返してきた4桁の数字を入力するに、カードは吐きされてしまったのだ。
背でスリッパの音がした。
振り返ると、の制を着た女性がっていた。私より10歳ほどだろうか。彼女は私の元のカードを見たあと、確かめるように私の顔へ線を移した。
その瞬、表が変わった。
「瀬美様でいらっしゃいますね」
胸の奥を、たいものが通り抜けた。
3に捨てたはずの苗字だった。
「いえ……私は今、朝倉です」
ようやくそれだけ言うと、女性は度くをげた。
「じております」
そして、私の正面へ回ると、もう度静かに言った。
「奥様、別へどうぞ」
「奥様って……私、もう婚していますけど」
女性は数秒黙った。
「はい。それも承しております」
「だったら、どうして」
彼女の目の縁が、わずかに赤くなった。
「ご主様から、もし美様がお見えになったら、そうお呼びするようにと伺っておりました」
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でが鳴った。
ロビーの隅ではがい音をて、窓では誰かが卓を叩いている。それなのに、その言葉を聞いた瞬、周囲だけが妙にくなった。
私にはもう夫はいない。
3の1018、9緒に暮らした瀬悠馬から婚届を差しされ、私はその翌に瀬美ではなくなった。
あのから、私はずっと「捨てられた」とってきてきた。
財布の奥に入れたままだったこのカードも、そのに悠馬が私のへ押し込んできたものだった。
「これで最だ。暗証番号は0427」
それだけ言って。
私は結局、そのカードを3度も使わなかった。
使えば負けるとっていた。
何に負けるのか自分でも分からなかった。ただ、私をあれほどたく切り捨てた男が最に残した数万円を使ってき延びることだけはしたくなかった。
私の名は朝倉美。39歳。
今は玉の古い造アパート《たての荘》の2階に暮らしている。6畳のとさな台所だけで賃は4万8000円、それでも仕事を失った今の私にはい額だった。
婚してからの3は、派遣の仕事を転々とした。
倉庫の仕分け、スーパーの朝品し、イベント会の設営、ビルの夜清掃。決まっては契約が終わり、また登録会社から次の仕事を紹介してもらうという活だった。
結婚する、私は箱を作る会社で6総務の仕事をしていた。
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だが結婚をに会社を辞め、そのは本格に働かないまま9が過ぎた。36歳で婚して履歴をいた、その9はただの空にしか見えなかった。
面接では必ず聞かれた。
「この期は何をされていましたか?」
「のことをしていました」
そう答えるたび、相は「そうですか」と言って履歴へ何かをき込んだ。
話はほとんど来なかった。
番く続いたのは、夜9から朝5までのビル清掃だった。誰もいないオフィスのを拭き、ゴミを集め、トイレを磨く。に何も聞かれない仕事が、当の私にはっていた。
そこでりったのが、26歳の青さやだった。
さやは美容の専学を途で辞めたという。それ以の理由は聞かなかったし、彼女も私の婚については尋ねなかった。
夜の清掃をしているには、聞かれたくないことが1つや2つある。
休憩だけ、私たちはよく話した。
「いつか自分の、持ちたいんですけどね」
自販売の甘いカフェオレをみながら、さやはそう言ってから笑った。
「まあ、無理ですけど」
私は、その言い方をよくっていた。
をにした直、自分で「無理」と言って消す。
私も昔、同じことをしていたからだ。
私には子どもはいない。
結婚していた頃、3ほど病院にも通った。私にも悠馬にもきな原因は見つからず、だからこそ余計につらかった。
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