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"退職したら、双子を任された" 第8話

私はくから報告を聞き、したくなるのをこらえた。族が失敗する自由まで認めなければ、私がいないと何もできないという関係は終わらない。

数週、陸から折りが届いた。《おしてごめんなさい。こんどはくちでいう》。字のくはきしていた。私は《おばあちゃんも、いやなことはで言う練習をしています》と返した。

歳の私と歳の孫は、同じことを別々の所で覚えていた。

私がへ来て半、隆は歳で定を迎えた。再雇用を選ばず、しばらく休むと言った。

智也はすぐ、「父さんなら保育園の迎えができる」と提案した。隆も最初は、週でも構わないと答えた。

私は話でさなかった。隆のは隆が決めるべきで、私が息子の頼みを断る代わりになる必はない。

最初の、隆は毎に双子を迎えた。公園へ寄り、夕まで智也ので過ごした。族のグループチャットには、良い祖父の写真が並んだ。

週目、隆は疲れを訴えた。子どもは同じを歩かず、帰宅も座らない。が作った事を温めるだけでも、が別々に求をす。

「おはこれを毎やるつもりだったのか」

夫が話で尋ねた。

、週でね」

隆は黙った。自分がの迎えを続けて初めて、私へ差しした予定のさをった。

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、隆は智也夫婦へ、迎えは週回までと伝えた。智也は「仕事もないのに」と満を言った。

「仕事がないことと、おになることは同じじゃない」

それは、半に私が言いたかった言葉だった。

隆は残りの曜民農園と料理教へ通い始めた。血圧の薬も自分で管理し、検診予約をカレンダーへいた。

夫が自したからといって、私が受けたことは消えない。確認へ私の名をいた事実について、隆はまだ「悪かったが結果に保育園へ入れた」と言い訳した。

私は帰宅の同居を約束しなかった。契約が終わるに、夫婦がどこでどう暮らすか改めて話すことにした。

末、隆が青葉町へ来た。観ではなく、私の暮らしを度見たいと言った。空港からの乗り継ぎを自分で調べ、泊分の宿も予約していた。

夫は私の部へ入り、狭いなと言った。以なら、私が自由をしている証拠として使っただろう。けれど窓辺の本棚、町のからもらった豆、壁に貼った巡回図を見て、ここで本当に暮らしているんだなとつぶやいた。

、隆は移館へ同乗した。正が夫へ「奥さんには世話になっている」と言うと、隆は照れながらげた。私を妻としてではなく、町で働くとして紹介されたのは初めてだった。

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帰り、隆は確認について謝った。「おなら最はやるとった。今まで、そうだったから」。私は、謝罪は受け取るが、信頼がすぐ元に戻るわけではないと伝えた。

「どうしたら戻る」

「私にも分からない。でも、戻るまで私の選択を保留にしないで」

隆はうなずいた。空港へ向かう朝、噌汁を作ってくれた。塩辛かったが、私は半分んだ。全部んで褒めることも、で残すこともしなかった。

夫婦の修復は、以と同じ役割へ戻ることではない。以ならにしなかった満を言い、それでも次に会う約束をできる関係へ変えることだった。

隆が帰った、智也から話があった。父が迎えの度忘れ、園からへ連絡がったという。隆は帳へいたつもりだったが、料理教程変更となっていた。

「父さんに任せるのは危ない。母さんから注してくれないか」

私は断った。隆の失敗は隆と、迎えを頼んだ智也夫婦ので話すことだ。私がから夫を管理すれば、形を変えて同じ役割へ戻る。

、隆本からも話が来た。失敗を私へられたことを恥じ、もう迎えはしないと言った。私は、ゼロにするか続けるかをって決めず、原因を確認するよう勧めた。

園と話しった結果、迎えのは固定し、に智也が確認を送ることになった。

隆も携帯話の予定表に通を設定した。失敗は消えなかったが、度の失敗で齢者には任せられないと決めつけることもなかった。

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