"3年間隠していた清掃員の母に、院長が頭を下げた" 第8話
記録から消せない名
翌の午、俺は病棟の会議で、急変の記録を系列に並べた。院から求められたのは、誰を称えるかではなく、何をきっかけに診療の方針が変わったかを確かめることだった。
瑞希が自分の記録をき、該当する箇所を示した。患者の症状の変化に続いて、母の発言、俺から血管科への連絡が残されている。専科の診察記録には、俺が伝えた報も記されていた。
俺は通話した点と、診察、CT、術へ移った順序を照らしわせた。母の発言をすと、臓を調べていたチームが、なぜ腹部の血管へ目を向けたのか、肝のつながりが抜け落ちた。
「ここを抜いたまま説することはできませんね」
瑞希が言い、俺も頷いた。母の名をきく載せるための作業ではなかった。あので何が起きたかを、元の順番に戻すためだった。
確認をめていると、黒瀬が入ってきた。には、しく印刷した稿があった。
「表現は直した。これでいいだろう」
机に置かれたでは、『私が』が『当科のチームが』に変わっていた。しかし、母の発言が診断のきっかけになったことは、まだかれていなかった。
「この修正では、実際の経過を説できません」
俺が言うと、黒瀬は瑞希を見た。
「原田とし話したいんだけど」
瑞希が席をつに、俺は子を黒瀬のほうへ向けた。
広告
「記録の確認です。野さんにも聞いてもらいます」
黒瀬はドアを閉めた。子には座らず、机の向こうからをかがめてきた。
「族のことで同僚を追い込んだと言われたいのか。これからも同じ科で働くんだぞ」
俺は、あのの朝、自分が母から目をそらした理由をいした。ここで働きにくくなりたくなかった。誰かにどう見られるかを、母の気持ちより先に考えた。
「俺が訂正を求めているのは、先の説です。母の経歴を褒めろと言っているわけではありません」
初稿を黒瀬のへ置いた。
「先が血管の異常を疑って、相談を主導したといてあります。俺が連絡すると言ったときは、母の話に引っ張られるなと止めましたね」
「診療の発言を、そこまで正確に覚えているのか」
「私も聞いていました」
瑞希が答えた。黒瀬は彼女の端末を見たが、瑞希は画面を伏せなかった。
「母親だから見を採用した、という話でもありません。原田先は症状と検査結果を確認してから相談しています。その順番も記録にあります」
黒瀬が稿へを伸ばしかけたところで、血管科の医師が入ってきた。依頼されていた経過確認のためだった。彼は初診の記録に目を通し、俺へ言った。
「私が呼ばれた点で、古い術部位からの血を配する報は届いていました。
広告
お母様にも、そので詳しく伺っています」
黒瀬は子を引き、ようやく腰をろした。俺は初稿と修正版を並べたまま、確認した内容を追記した。
「治療はチームでいました。俺も母も、それは否定していません。でも、チームという言葉で、最初の声だけを消すことはできません」
今度は、黒瀬もすぐには言い返さなかった。
その夕方、院から検討会のめ方が届いた。急変の判断と記録を当事者で確認し、以の術については、今回の執刀を担当していない血管科医も資料を検討するという。
俺は当初の稿も確認資料に含めると伝えた。黒瀬には、自分が記載した経緯を説するよう、院から直接連絡が入った。
届いた通を見ていた黒瀬が、端末を机へ置いた。
「そこまでやる必があるのか」
俺は確認を終えた記録を閉じた。
「あります。患者さんに渡す説ですから」
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
役立たずの僕が、上司を救った夜
入社4か月の工藤健太は、コピー機さえ満足に使えない「役立たず」。誰にも期待されない毎日は、過去の救援で人を失い、自分の力を恐れる彼にとって都合がよかった。 ただ一人、厳しい上司の白鳥凛花だけは、失敗を叱っても、彼の働きまで否定しなかった。 ある夜、健太は男3人に囲まれた凛花を助ける。制圧まで、わずか10秒。隠していた力が露わになったその夜から、二人の日常は変わり始める。 男たちが口にした亡父の名。25年前の恩と、病室で交わされた約束。そして、救出現場を切り取った写真が、凛花を会社から追い出す証拠として出回る。 再び誰かを失うことを恐れる健太は、今度こそ、彼女の隣に立てるのか。職場逆転1.8万字5 140 -
完結第20話
同窓会で頭取の娘に脅された俺、300億を全額解約
卒業から24年、150人が集まる同窓会に出席した堀口弘樹。質素なスーツ姿を見た銀行頭取の娘・久我エリは、高校時代と同じように彼を見下し、「パパに頼んで取引を打ち切ってもらう」と脅してきた。 しかし、弘樹の正体は年商2100億円の物流グループを率いる創業社長。東王銀行には300億円を超える預金があった。 「じゃあ、全部解約で」 翌日、銀行から100件もの電話が殺到する。だが、弘樹と頭取の間には、20年前の知られざる恩義があった。彼が最後に下す決断とは――。職場逆転|因果応報|第二の人生2.7万字5 3841 -
完結第10話
「中卒女に現場は無理」職人10人が辞めた結果
中学卒業後、十五歳で職人の世界に飛び込んだ堀江千夏。三十二歳で工務店の現場責任者に抜擢されるが、古参の職人頭・岩木は「中卒の女に現場が回せるか」と嘲笑う。やがて岩木を含む十人が一斉に退職。大型介護施設の改修工事は納期目前なのに、残された職人はわずか三人だった。しかし千夏には、十七年間積み重ねてきた技術と、二十冊を超える黒い手帳があった。仲間とともに現場の立て直しに挑む千夏。その一方で、手帳に記された資材の数字が、会社に隠された不審な事実を浮かび上がらせていく。職場逆転|因果応報|人生逆転|修羅場1.3万字5 56 -
完結第10話
こぼされた定食の代償
社員食堂で働く43歳の松尾順子は、料理を通して社員たちを支えることに誇りを持っていた。ところが、営業部の神崎と宮下は、食堂のスタッフを見下し、暴言を繰り返していた。ついには大勢の前で定食を床にぶちまけ、順子たちを笑いものにする始末。さらに職場では不審な情報漏洩も発覚する。そんなある日、専務が食堂を訪れると、二人の態度は一変。順子を知らない二人は、そこで思いもよらない事実を知ることになる。職場逆転|人生逆転|修羅場1.5万字5 491 -
完結第11話
倒産寸前の事務所が雇った、子連れ清掃員の正体
倒産寸前の「桐生デザイン事務所」に、五歳の娘を連れた清掃員志望の女性・高瀬さち子が現れた。履歴書には、東大大学院修了、一級建築士、大手設計事務所の元チーフという驚くべき経歴。しかし彼女は、二度と設計の仕事には戻らないと言い張る。娘の何気ない一言をきっかけに、事務所に小さな転機が訪れるが、さち子は図面に触れることさえ恐れていた。彼女が三年前に失ったものとは何なのか。そして、過去の事故に隠された真実とは。再起をかけた小さな事務所の逆転劇が始まる。職場逆転|人生逆転|第二の人生1.6万字5 293 -
完結第14話
50人ドタキャンで廃業寸前、そこへ現れた意外な客
父から受け継いだ居酒屋「二鉄」を守るため、会社を辞めた32歳のテツ。廃業寸前の店に舞い込んだのは、元同僚・真治からの50人貸切予約だった。ところが宴会開始30分前、真治は突然の全員キャンセルを告げ、支払いまで拒否する。大量の料理を前に途方に暮れるテツ。そのとき、「今から50人入れますか?」と一人の青年が駆け込んできた。職場逆転|裡切られた|怒り|金銭問題|修羅場1.7万字5 1768 -
完結第18話
時給1111円で高齢者5人を雇った結果
父から受け継いだラーメン店が、大手チェーンに客を奪われ閉店寸前。店主の赤坂明のもとへ、職を失った高齢者五人が「働かせてくれないか」と訪ねてきた。明は時給1111円で全員を採用する。すると、元工場勤務、教師、タクシー運転手など、五人が長年培ってきた経験が思いがけない力を発揮し、店は少しずつ活気を取り戻していく。しかし、その変化を面白く思わない競合店の店長が、次々と妨害を仕掛け始める。感動|職場逆転|人生逆転|金銭問題2.1万字5 1232 -
完結第10話
拾った財布で泥棒扱い――5万円の濡れ衣と反撃
九歳の娘を育てながら、商社の経理部で働く森田咲。ある朝、会社のロビーで財布を拾い、管理員立ち会いのもと持ち主の女性主任へ返却した。 ところが直後、主任が突然押しかけてきた。 「財布に入っていた五万円がない! あなたが盗んだんでしょう!」 同僚の前で泥棒扱いされ、母子家庭であることまで侮辱された咲。しかし彼女は取り乱さず、一枚の受領書を取り出す。 証拠によって反撃を始めた咲だったが、会社はなぜか彼女を重要業務から外してしまう。やがて、財布の紛失騒動の裏に隠された別の疑惑が浮かび上がり――。職場逆転|裡切られた|裡の顔|金銭問題1.8万字5 1334 -
完結第23話
昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇
昭和53年7月30日。沖縄の交通が右側通行から左側通行へ切り替わった朝、55歳のバス運転手・新垣清徳は、32人の乗客を前に始発の発車を拒んだ。用意された旧型バスは、乗降口が車道側に開く危険な車両だったのだ。しかし欠便を恐れる主任は、若い運転手にその車を出すよう命じてしまう。やがて坂下から届いたのは、一人の少年が負傷したという知らせ。なぜ危険だと分かっていたバスが走ったのか。清徳は息子や同僚たちとともに、事故の責任と、誰も気づかなかった道路の危険に向き合っていく。職場逆転|時代|歴史|昭和|裡の顔3.0万字5 567 -
完結第10話
亡霊の専属運転手
かつて海外の特殊部隊で「ファントム」と恐れられた神代美央は、戦場を離れ、平穏な人生を求めて大企業の会長専属運転手に応募した。しかし最終面接で待っていたのは、「女に会長を守れるわけがない」と嘲笑する副社長と、十一人の屈強な男たち。美央だけが、彼らのスーツの下に隠された拳銃に気づいていた。やがて現れた鷹司会長は、美央の履歴書を見た途端、激しく震え始める。職場逆転|真実|真相|第二の人生1.5万字5 1003