"昭和31年、給料日に消える父の秘密" 第1話
昭31の、京の側にあるさな町のでは、夕方になると決まって油と鉄の匂いがへ流れした。旋盤の回転音、槌が鉄板を叩くい音、荷の軋む音が狭い通りになり、午5半を過ぎる頃になると、それらがつずつ消えていった。
最にの終業をらせるサイレンが鳴る。すると、油で黒ずんだ作業姿の男たちが斉にからてきて、商、銭湯、赤提灯のがったさな酒、それぞれのへ散っていった。
学1だった川恵美は、そのになるとののを何度も覗いた。
父の正は、ほとんど毎同じ刻に帰ってくる。
午620分。
玄関の引き戸がガラガラと鳴ると、まず、
「ただいま。腹減ったな」
という声がする。
それから流しでを洗い、首へ掛けた拭いで顔を拭き、ちゃぶ台のへ座る。母の文子が噌汁をよそっているに聞を広げ、そのの相撲か国会の記事へ目を落とす。それが川の変わらない夕方だった。
父は無なだったが、嫌が悪いわけではない。
恵美が学の来事を話せば「そうか」と頷き、4歳の弟・浩司が宿題を嫌がれば、「俺も算数は嫌いだった」と笑った。休には壊れた子を直し、所から持ち込まれた鍋の取っや自転の除けまで、頼まれれば黙って修理した。
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酒はほとんどまない。
煙も1に数本。
競馬へったこともない。
だからこそ、恵美には父のつの習慣だけが議でならなかった。
に1度。
料だけ、父は帰ってこなかった。
620分。
7。
8。
そのだけ、玄関はかない。
「お父さん、遅いね」
最初の頃、恵美がそう言うと、母は、
「料だから、会社のと話でもしてるんじゃない?」
と軽く答えていた。
しかし9を過ぎても父が戻らないが続いた。
10を過ぎることもあった。
度など、柱計のい針が11半を回った頃になって、ようやく玄関がいた。
「ただいま」
いつもの声ではなかった。
疲れたような、どこか気まずそうな声だった。
母は黙って父を見た。
父はいつもの茶い料袋を懐からし、ちゃぶ台のへ置いた。
「はい」
母はそのでを数えた。
千円札。
百円札。
円玉。
父の料は毎ほとんど同じ額だった。
だから母も、しばらくはく聞かなかった。
けれど半ほど経つ頃には、さすがに表が変わってきた。
11の料。
父が夜10過ぎに帰宅すると、母は器を片づけずに待っていた。
「あなた」
正は作業を脱いだ。
「何だ」
「料だけ、何してるの?」
父のが瞬止まった。
「ちょっと用があるんだ」
「どんな用?」
「会社の付きい」
「お酒?」
「違う」
「じゃあ何?」
父は答えず、ちゃぶ台へ座って聞を広げた。
母の眉が寄った。
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「毎よ」
「分かってる」
「私には言えない用事なの?」
父は聞から目をげなかった。
「男にはいろいろあるんだ」
その言い方が、母を余計に苛たせた。
「そう。女には分からないことなんでしょうね」
母はちがり、台所へ戻った。
その夜から、のにさな棘が残った。
そして数。
恵美は父の首を見て、さらに議なことに気づいた。
「お父さん、計は?」
正は自分の腕を見た。
いつもしていたの腕計がなくなっていた。
結婚した、母の兄が祝いに贈ったものだと聞いている。価な計ではなかったが、父は切に使い、でもしたことがなかった。
「壊れた」
「修理?」
「ああ」
「いつ戻るの?」
「そのうち」
父はそれ以話さなかった。
けれど計は、12になっても戻らなかった。
正を越えても戻らなかった。
それだけではなかった。
の終わりには、父が毎着ていたのコートが消えた。
「のコート、どうしたの?」
母が尋ねた。
「会社のロッカー」
父は即座に答えた。
ところが寒いの朝も、父はい着だけでへていった。
になると、今度は革の鞄が消えた。
次は古いカメラ。
休によく使っていた具の部。
本当にしずつ。
族が気づくか気づかないかという程度に、父の持ち物だけがからなくなっていった。
「恵美」
ある夜、母が台所で米を研ぎながら、声で言った。
「最、お父さんが誰かと会ってるとう?」
「誰かって?」
母はのの米を見つめた。
「……女のとか」
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