"昭和33年、父が隠した高校合格通知" 第1話
昭333、野県のあいにある田島には、まだところどころが残っていた。向きの斜面だけはが見え始めていたが、朝になると用の氷が張り直し、農の軒からは細い氷柱ががっていた。
の学では卒業式が終わったばかりだった。
男子徒のには、すでに松本や諏訪のへ働きにくことが決まっている者が何もいた。に田畑があれば農作業を伝い、町に親戚があれば商や建具へ奉公にる。へむ者も々増えていたが、それでも「学する」という選択は、本の成績だけでは決まらなかった。
田島修は15歳だった。
学では数学が番好きだった。
古い造舎の教で、教師が黒板いっぱいに方程式をくと、修は誰よりも先に鉛をかした。解き方を度理解すると、しくらい数字を変えられても迷わない。それが楽しくて、授業が終わったまで黒板に残された問題を眺めていることもあった。
担任の宮原は、そんな修を何度か職員へ呼んだ。
「田島、お、松本を受けてみないか」
最初に言われた、修は冗談だとった。
「俺がですか」
「おなら狙える」
「でも、が」
宮原も事は分かっていた。
田島には、修のに12歳の妹・子と8歳の弟・浩がいる。父の正吉はさな田畑を耕しながら、農閑期にはくの製材所で働いていた。
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母のキヨも田仕事をし、には所から内職をもらっていた。
べていけないほどではない。
だが余裕などなかった。
「奨学という制度もある。まず受けなければ始まらん」
宮原はそう言った。
修はそのの夕で、い切って父へ話した。
「松本を受けたい」
噌汁の湯気ががるちゃぶ台で、正吉の箸が止まった。
「へって、それからどうする」
「まだ分からない。でも、もっと勉したい」
「勉して、そのは?」
修は瞬迷った。
「学までけたら……」
その瞬だった。
父の顔が変わった。
「学?」
「けたらの話だよ」
「誰がをす」
母のキヨが慌てた。
「まだにも受かってないじゃありませんか」
「だってがる」
正吉は噌汁椀を置いた。
「入学、制、教科、汽賃。受かってから困るくらいなら、最初から余計なは見ない方がいい」
修は俯いた。
しかし翌、父は畑へくに言だけ言った。
「受けるだけなら受けろ」
修は、その言葉に希望を持った。
父は器用だからべないだけで、本当は応援している。
そういたかった。
試験の、修は朝5に起きた。
キヨが握り飯を2つ作り、梅干しを入れて聞で包んでくれた。
「のでべなさい」
「うん」
父は納にいた。
鋸や鉈の入れをしている音だけが聞こえていた。
修は玄関で靴を履き、しだけ待った。
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もしかしたら父がてきて、
「気をつけてけ」
くらいは言うのではないか。
けれど納の戸はかなかった。
「ってきます」
しきな声で言った。
返事はなかった。
試験が終わってから、修は毎、郵便配達の自転のベルを待った。
結果は郵送で届くことになっていた。
目。
「来てない?」
学から帰って尋ねると、母は首を振った。
「まだよ」
目。
何も来なかった。
目の夕方。
へ戻ると、父が先に製材所から帰っていた。鉢のそばで聞を広げ、煙を吸っている。
修は鞄を置くに聞いた。
「父ちゃん、今も来てない?」
正吉は聞から目をげなかった。
「来てない」
「そう」
修は自分の部へ入った。
胸の奥が、しずつえていった。
同じ学を受けた隣の徒には、もう結果が届いたと聞いている。
自分だけ遅い。
ということは、格なのだろうか。
その晩、修は布団ので何度も試験問題をいした。
数学の最の問題。
国語の作文。
社会の理。
「あそこ、違えたかな」
何度考えても答えなどない。
翌朝。
母のキヨが仏壇を掃除していた。
蝋燭を替え、線てのをえ、引きしから数珠をそうとしただった。
奥に、見慣れないい封筒が入っていた。
表には、
《田島修様》
差は、
《野県松本等学》
キヨのが止まった。
「修!」
台所で朝飯をべていた修がってきた。
母が持つ封筒を見た瞬、息が止まった。
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