"昭和33年、父が隠した高校合格通知" 第6話
「俺、やっぱり――」
言いかけた、正吉が止めた。
「今決めるな」
修は父を見た。
「報告期限はだ」
「だからこそだ」
正吉は計簿を閉じた。
「晩考えろ」
「父ちゃんは?」
「俺も考える」
その夜、修はほとんど眠れなかった。
へきたい。
でも族に無理をさせたくない。
父が通を隠したことは許せない。
しかし今、父の肩に何が乗っていたかもし分かってしまった。
朝まだ暗いうち。
で物音がした。
修が起きて窓から見ると、父が自転をしていた。
荷台には古い座布団が縄で括られている。
「何してるの」
へると、正吉は振り返らずに言った。
「着替えろ」
「どこくの」
「駅」
修はけなかった。
正吉が初めてこちらを見た。
「今、学へくんだろ」
「……いいの?」
「くかどうかは、おが決めろ」
修は急いで制へ着替えた。
母が玄関にてきて、黙って呂敷包みを渡した。
には格通、印鑑、必類が入っていた。
「気をつけて」
修は頷いた。
父の自転の荷台へ乗る。
まだ朝もていない。
先の空気はたく、頬が痛かった。
父は黙ってペダルを踏んだ。
坂では息が荒くなった。
修は何度か、
「りようか」
と言いかけた。
だが言わなかった。
ともほとんど話さないまま、駅へ着いた。
正吉は自転を止めた。
そして懐から折り畳んだ封筒をした。
例の格通だった。
広告
「母ちゃんが持たせるって言ったのに」
「俺が持ってきた」
修は受け取った。
、仏壇に隠されていた。
正吉が言った。
「俺みたいに、あとでのせいにするな」
修は父を見る。
「どういう?」
「って失敗しても、俺のせいにするな」
「……」
「かなくても、俺のせいにするな」
正吉は自転の向きを変えた。
「自分で決めろ」
ホームから汽の汽笛が聞こえた。
修は通を握りしめた。
「父ちゃん」
正吉が振り返る。
「ってくる」
正吉は度だけ頷いた。
「ってこい」
それが、修がまれて初めて父から聞いた、
学へ向かう息子への見送りの言葉だった。
入学が決まってからも、問題は次々にてきた。
番最初は制だった。
品を買えば、それだけでかなりの費になる。
キヨは町のを訪ね、古の制を譲ってもらった。
袖がしかった。
「そのうち背が伸びるからちょうどいいわ」
母は笑った。
修は嫌ではなかった。
品でなくても、の制を着られるだけで嬉しかった。
教科も、級から譲ってもらえるものは譲ってもらった。き込みのある数学の参考をくと、の持ち主が鉛で解き方をいている。それを消しゴムで消しながら使った。
汽通学の定期代は、どうしても削れなかった。
そこで修は、朝の聞配達を始めた。
午4半。
まだ族が眠っているうちに起きる。
広告
自転でを回り、30軒ほどへ聞を届ける。
へ戻って朝飯をかき込み、駅へ向かう。
最初の1かは本当に辛かった。
授業、眠気に負けそうになる。
数学だけは目が覚めた。
だが国語の古典になると、気づけば教師の声がくなる。
ある、机へ額をつけて眠ってしまった。
授業、教師に呼ばれた。
「田島。夜遊びでもしてるのか」
「聞配達です」
教師はし驚いた。
事を話すとられはしなかった。
「体を壊したら元も子もないぞ」
その言葉は正しかった。
でも修には辞める選択肢がなかった。
へ帰れば、父も朝くから畑へている。
母は夜まで内職をしている。
自分だけ楽をするわけにはいかなかった。
ある晩。
修が居で数学の問題集を解いていると、正吉が帰ってきた。
父は何も言わず、修の横を通り過ぎた。
しばらくして、また戻ってきた。
にはで作ったさな板がある。
「何?」
「机が傾いてる」
父は修の机の脚のへい片を差し込んだ。
確かにぐらつきが止まった。
「ありがとう」
正吉は返事をせず、部をた。
そんなことがしずつ増えた。
修が朝く起きると、台所の鉢にはすでに炭が入っていることがあった。
汽代を払うには、父が無言で封筒を母へ渡す。
修が邪を引けば、
「聞には俺から言っとく」
とだけ言う。
相変わらず、
「頑張れ」
とも、
「偉い」
とも言わない。
けれど修は、父の無言がしずつ違うものに見えるようになった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 146 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 15 -
完結第12話
昭和27年、父は町長へ戻らなかった
「父さん、もう一度町長になれるんだよ」 昭和27年、公職追放の制限がなくなる知らせを見て、17歳の私は家へ走った。 かつて町長だった父は、追放後、米俵を運び、工事現場で働いていた。 これで失った名誉を取り戻せる。 そう信じた私に、父は言った。 「もう役場には戻らん」 その後、元町議や商店街の人々が次々と父を訪ねた。 それでも父は、町長選への出馬をすべて断った。 「見返してやればいい」と訴える私へ、父は静かに言った。 「そんな理由で町長になる奴が、一番町長になっちゃいかん」 数日後、町の米屋で、私は父が町長だった頃の“ある決定”について初めて聞かされた。時代|歴史|昭和1.7万字5 15 -
完結第10話
昭和21年、港で「娘ではない」と言った母
「兄さん。この子は、私の娘ではありません」 昭和21年、引揚船から降りた母は、港で突然そう言った。 右手には、11歳ほどの少女の手を握っていた。 少女は青ざめ、母の袖へしがみついた。 「お母さん……?」 母はその場にしゃがみ、少女の肩を抱いた。 「ごめんね、春恵」 しかし日本へ届いた葉書には、母が連れ帰るのは《娘の文子》だと書かれていた。 では、文子はどこへ消えたのか。 その夜、母は兄夫婦の前で、引揚げ途中に起きたことを語り始めた。 「暗闇で一度だけ、娘の手を離してしまったの」時代|歴史|昭和1.5万字5 29 -
完結第10話
昭和31年、給料日に消える父の秘密
「お父さん、どうして給料日だけ帰ってこないの?」 昭和31年、父は毎月その日だけ、夜遅くまで姿を消した。 酒も飲まず、賭け事もしない父だった。 それでも理由を聞けば、「男にはいろいろある」と口を閉ざした。 やがて父の腕時計が消えた。 次は冬のコート、その次は革鞄と大工道具だった。 不安になった母は、父が別の女性と会っているのではないかと疑い始めた。 ある給料日、中学1年の私は工場を出た父をこっそり追いかけた。 父が入ったのは酒場でも、女性の家でもなかった。 古い時計や工具が並ぶ、一軒の古物商だった。 15分後、父は持っていた包みを失い、代わりに数枚の紙幣を財布へ入れて出てきた。 その夜、母に問い詰められた父は、いつもと同じ厚さの給料袋を黙ってちゃぶ台へ置いた。時代|歴史|昭和1.5万字5 50