"昭和27年、父は町長へ戻らなかった" 第3話
「母さんだってずっと言ってたじゃないか。父さんは悪いことをしたわけじゃないって」
は返事をしなかった。
その沈黙が、正には妙だった。
「母さん?」
「あなたがさかったから、そう言ったの」
正の胸にさな棘が刺さった。
「じゃあ、父さんは何か悪いことしたの?」
「そういうではありません」
「じゃあ何だよ」
宗郎がをいた。
「世のにはな、悪でなくても、を困らせる決定をすることがある」
正は納得できなかった。
父はそれ以語らず、「自分で町を見ろ」とだけ言った。
数、正は母に頼まれて商の佐久米穀へ米を買いにった。佐久源蔵は父より5歳ほどで、宗郎が追放された直、最初に仕事を与えてくれた物でもある。
正が米を量ってもらっていると、源蔵が尋ねた。
「お父さん、やっぱり選挙にはないそうだな」
「頑固なんですよ」
「そうか」
「佐久さんからも言ってくださいよ」
源蔵はを止め、正を見た。
「俺は言わん」
「どうして?」
「さんが決めることだ」
正は満そうな顔をした。
すると源蔵はし笑った。
「お、お父さんがここで初めて働いたのことらんだろ」
「りません」
「米俵つまともに担げなかった」
正は吹きした。
「父さんが?」
「町さんは机ののならいくらでも持てたが、米俵は駄目だった」
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源蔵は笑ってから、しい目をした。
「60キロの俵をつ担いで、の裏まで運ぶ途で膝ついたんだ」
正には、町代の背広姿の父と結びつかなかった。
「そのときさんが言ったんだよ。『こんないものを、毎ここまで運んでいたのか』ってな」
「それで?」
「それだけだ」
「何なんですか、その話」
源蔵は米袋のを縛りながら答えた。
「町代のおのお父さんが、この通りを広げる計画を決めたのはってるか」
正にも記憶があった。部のは昔より広くなり、バスやトラックが通りやすくなっている。幼い頃、宗郎自が「これで町が便利になる」と話していた事業だった。
「の荷捌き所を側から裏へ移せと言われた。表を広げるためにな」
「それの何が悪いんです」
「悪いとは言ってない」
源蔵は穏やかに答えた。
「役のには『荷物は裏から搬入能』といてあった。だがの裏まで米俵を運べば、それまでの倍く歩く」
正は黙った。
「さんは、それをらなかった」
「そんなの……」
さなことじゃないか。
そう言いかけた。
源蔵は正の顔を見て、先に言った。
「町から見れば、さいことだろうな」
その言が胸に残った。
帰り、正は今まで何度も歩いた商を初めて別の目で見た。が広くなったことは確かに便利だった。
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だが幅を広げれば、その分だけ先が狭くなり、荷物を運ぶ距が変わり、誰かが毎余計に歩く。
へ戻ると、宗郎は留守だった。
正は押し入れので迷った末、先父が取りした黒い帳面を探した。
すぐに見つかった。
表にはやはり、「忘れてはいけない」とある。
こうとしたとき、背から母の声がした。
「それは勝に見てはいけません」
正は振り返った。
はってはいなかった。
ただ、しそうな顔をしていた。
「父さんの秘密なの?」
はしばらく考え、答えた。
「秘密ではないわ」
「じゃあ何」
「お父さんが、自分を忘れないためにいているものよ」
その翌。
正は学帰りに、父がかつて町としてめたもうつの事業について調べ始めた。
町営宅建設のため移転した4軒の。
そのうち軒が、同級の祖父母のだったことを初めてった。
そして訪ねた先で、老からいもよらない言葉を聞かされた。
「おのお父さんはな、町を辞めたあと、うちへ謝りに来たんじゃない」
正は息を止めた。
老は続けた。
「半、うちのを建てるのを伝いに来たんだよ」
移転したの主は、林吉という70歳い男だった。仕事で傷めた脚を引きずっていたが、声だけは今もきく、正が宗郎の息子だと名乗っても嫌な顔はしなかった。
縁側へ座らせると、妻に茶を持ってこさせ、昔の話を淡々と始めた。
町営宅を建てる計画が決まったのは終戦直だった。
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