"昭和27年、父は町長へ戻らなかった" 第4話
当の瀬町では、や役関係者の宅が刻で、宗郎は備とわせてしい宅区を作ろうとしていた。吉たち4世帯には移転補償がされ、類は全員が同したことになっている。
「父さんが無理やり追いしたんですか」
「いや」
吉は即座に否定した。
「そんな話じゃない。はたし、俺も判を押した」
「じゃあ何が問題だったんです?」
「だよ」
しいを建てる予定だったの造成が遅れ、吉は半く親戚宅の6畳へを寄せることになった。夫婦と子ども3、それに祖母をわせた6で暮らし、荷物のくは納へ預けたという。
役へ何度か相談したが、返ってくる答えは同じだった。
「補償続きは完している」
政側から見れば、約束したは払った。
移転にも本が同した。
だから問題は処理済みだった。
「でも、半どこで寝るかまでは、役の帳簿にはいてなかった」
吉はそう言った。
正は佐久の言葉をいした。
には「裏から搬入能」といてあった。
今度は、には「補償済み」といてある。
「父さんは、そのことらなかったんですか」
「町の頃はらなかったんだろうな」
「じゃあ、どうしてでったんです?」
吉は笑った。
「同じ事現で働いたからだ」
追放から2ほど経った頃、宗郎と吉は偶然、隣町の建築現で緒になった。
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昼休み、吉が冗談半分に「町さん、役のには俺が半親戚ので寝たことまでいてなかっただろ」と言うと、宗郎は箸を止めた。
そのの帰りに、宗郎は詳しい話を聞きに来た。
数週、吉がようやく自宅の建築を始めると、曜になるたび伝いに現れた。
「謝るなら回げれば済む。それが半来た」
「父さんが?」
「ああ。じゃないから役にはたん。最初なんか釘を曲げてばっかりだった」
吉は笑った。
「でも、来たよ」
正は帰宅しても、その話を父へ切りせなかった。
宗郎は自分から度も話したことがない。
町代の過ちを埋めわせたと誇ることもなかった。
翌、正は別の物を訪ねた。
父の町代に役で記をしていたという脇文夫だった。すでに退職してさな畑を耕していた脇は、正の質問を聞くと「とうとう調べ始めたか」と苦笑した。
「父は、いい町だったんでしょうか」
正が尋ねると、脇はすぐには答えなかった。
「いい、悪いで片付けるには難しいな」
「どういうです?」
「仕事はした。決断もかった。戦は特に、国や県から次々命令が来たからな」
米や属類の供。
勤労員。
防空訓練。
各種団体への協力。
戦争末期の方自治体には、民の常活にく関わる指示がからりてきた。
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町であった宗郎は、それらを域で実施するにいた。
「さんは真面目だった」
脇は言った。
「だからから来た数字を達成しようとした」
「真面目なら、いいことじゃないですか」
「そうとは限らん」
脇は畑のをで払った。
「米を何俵集める。鉄を何貫集める。何す。役では全部数字だ」
正の胸がざわついた。
「だけど、そのにはがある」
同じ言葉だった。
図。
戸数。
数量。
数字の向こう側に活がある。
「追放された理由は、それなんですか」
「直接どれが該当したか、俺から断定することはできんよ。戦から戦に公職にあったはいろんな経歴を調べられた。ただ、さん自は『自分は何も関係なかった』とは度も言わなかった」
正は驚いた。
母は「悪いことをしたわけではない」と言っていた。
町の支援者たちは「追放は違いだった」と言っている。
それなのに父自だけが、自分を無実の被害者として語ろうとしていない。
脇は帰り際、正を呼び止めた。
「お父さんに、あの帳面見せてもらえ」
正は振り返った。
「ってるんですか?」
「俺がを渡したからな」
「何のです?」
「役に残っていた古い陳だ」
その晩、正は父へ正面から尋ねた。
「黒い帳面を見せてほしい」
宗郎は箸を止めた。
も何も言わず夫を見る。
「誰から聞いた」
「脇さん」
い沈黙のあと、宗郎は席をった。
押し入れから黒い帳面を持ってきて、今度は正のへ置いた。
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