"昭和27年、父は町長へ戻らなかった" 第5話
「見たいなら見ろ」
最初のページには、の名が並んでいた。
佐久源蔵。
林吉。
本トメ。
原徳蔵。
見覚えのない名が何もある。
その横にはい文章がかれていた。
《荷捌き移転。歩距を見なかった》
《移転補償。仮居期を見なかった》
《供割当。族数を見なかった》
《事。期の通学を見なかった》
ページをめくっても、同じような記録が続いた。
正は息苦しくなった。
「父さん、これ……」
「俺が見なかったものだ」
宗郎が言った。
「町だった頃にな」
その最のページには、まだ名のかれていない空が何も残されていた。
正が顔をげると、父は静かに言った。
「追放されてから気づいたんじゃ遅い。でも、気づかなかったことにするよりはましだ」
その瞬、玄関をく叩く音がした。
古川だった。
には枚の印刷物を持っている。
そこには、宗郎の承諾もないままきな文字でこうかれていた。
「宗郎を、再び町へ」
父の顔が変わった。
「誰がこれを作ったんです」
宗郎の声はかった。
古川はし怯んだものの、すぐに笑顔を作った。
「支援者ですよ。さんがまだ決されないので、まず町の空気を作ろうと」
「私はないと言ったはずです」
「ですが――」
「私の名を勝に使わないでください」
正は、父がここまでい調で古川へ話すのを初めて見た。
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町代の古川は宗郎の力な支援者であり、追放も折を訪れていた。宗郎が町政へ戻るなら最も頼りになる物ののはずだった。
古川も満を隠さなかった。
「あなたが慮しているに、町は別のに取られますよ」
「町は誰かの持ち物じゃない」
「言葉の話をしてるんじゃない」
「私は言葉の話をしています」
部の空気が張り詰めた。
古川は印刷物を畳むと、今度は正の方を見た。
「君からも言ってくれ。お父さんは昔、この町を番うまくまとめただ」
数までなら、正は古川に同調しただろう。
しかし今は黒い帳面を読んだだった。
「父さんがたくないって言ってるなら、勝に名使うのは違うといます」
自分のからた言葉に、正自が驚いた。
古川はしばらく親子を見比べたあと、何も言わず帰っていった。
夜になると宗郎は、黒い帳面を囲炉裏のそばへ置いた。に投げ込むのかと正は瞬ったが、父は表の埃を布で丁寧に拭っただけだった。
「父さん」
「何だ」
「追放されたこと、んでないの?」
宗郎はすぐには答えなかった。
「まなかったと言えば嘘になる」
「やっぱり」
「最初のは、毎腹がった」
突然の答えに、正は驚いた。
宗郎は追放されたのことを初めて話した。役の机を片付け、職員たちへ挨拶し、正面玄関をるまで、誰ともまともに目をわせられなかったという。
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昨まで自分の決裁を待っていた職員が、翌から別の町ので働くことになる。その現実は、像以に自尊を傷つけた。
「へ帰って、度と役のを歩きたくないとった」
が黙って聞いていた。
「だったら、今戻ればいいじゃないか」
正が言うと、宗郎は首を振った。
「追放と同じ俺ならな」
「どういう?」
宗郎は箸で炭をかした。
「俺は町だった頃、町のことを番っているとっていた」
を広げれば便利になる。
宅を建てれば民が助かる。
供量を達成すれば町の責任を果たせる。
役のや力者と何度も会議をし、数字を調べ、資料を読み、だから自分は誰より町を理解しているつもりだった。
「でも役を追いされて、米で働いた」
60キロの米俵を担いだ。
のにぬかるんだを直した。
奥の集落へ薪を運んだ。
の朝、まだ暗いうちから荷を押した。
「そこで初めて、俺が決めてたことの向こう側にがいたって分かった」
「でも町だって全部のへけないだろ」
「当たりだ」
宗郎は頷いた。
「全部分かるなんてできない。だからこそ、自分が全部分かってるとっちゃいかんのだ」
正は黒い帳面へ目を落とした。
宗郎はさらに続けた。
「俺が今、もう度選挙にたら、みんな何て言うとう」
「名誉回復」
「そうだ」
父は苦い顔をした。
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