"昭和27年、父は町長へ戻らなかった" 第9話
「放っておけ」
「でも父さんのことまで」
「俺の経歴は事実だ」
「だからって」
宗郎は息子を見た。
「お、俺の名誉を守るために選挙へたのか」
正は言葉を止めた。
7と同じ問いだった。
今度は答えられた。
「違う」
「なら自分の話をしろ」
翌の演説で、正は怪文に反論しなかった。
父が正しかったとも、追放が当だったとも主張しなかった。
ただ、自分が7運送会社で働き、この町のどこへき、何を見てきたのかを話した。
になるとが入れない。
部かられれば診療所までいこと。
商には商の事があること。
農には農の事があること。
「私は全部をっているとは言いません」
集まった々へ、正はそう話した。
「たぶん、町のことを全部っているなんていないといます。だから、分からない所へく議員になりたいとっています」
群衆のろに宗郎の姿はなかった。
父は選挙運に度も来なかった。
投票の朝。
宗郎はでをた。
正が冗談で尋ねた。
「父さん、誰に入れる?」
宗郎は靴を履きながら答えた。
「それはおには教えん」
「息子なのに?」
「票は俺のものだ」
正は呆気に取られた、笑った。
宗郎もさく笑った。
結果は、定数ぎりぎりの位当選だった。
には勢のが集まり、は泣き、運送会社の同僚たちは正の背を叩いた。
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宗郎だけはしれた所で茶をんでいた。
正がづく。
「何か言ってよ」
「当選したな」
「それだけ?」
「まだ何もしてないだろ」
正は苦笑した。
まったくその通りだった。
そして議員になって半。
正のに、つの議案が提された。
町部のを広げる計画だった。
そのためには、沿の5軒に移転や敷退を求める必がある。
資料にはこうかれていた。
《関係世帯には適正な補償をう》
正は、そのを見た瞬に父の黒い帳面をいした。
役から配られた拡張計画は、よくできていた。幅を広げればバス同士のすれ違いが容易になり、商への型の入りも改善する。将来な交通量の増加を考えれば、計画には分な理性があった。
町議のくも賛成だった。
「今やらなければまた10遅れる」
「補償もるんだから問題ない」
その言葉を聞き、正の胸がざわついた。
補償もる。
父の代と同じだった。
会議の、正は対象になる5軒をで回った。
最初のは理髪だった。
主は計画そのものには賛成だが、先を削られると客の自転を置く所がなくなると話した。
2軒目の酒は、建物をろへ移す費用が補償額だけではりない能性を配していた。
3軒目には80歳い女性がでんでいた。
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女性は額の話をほとんどしなかった。
「この梅のも切るのかね」
庭先に古い梅があった。
計画、その所まで削られる。
「そうなる能性があります」
正が答えると、女性はを見げた。
「嫁に来たに植えたんだよ」
政の資料には、梅のとはかれていなかった。
《敷内部撤》
それだけだ。
理な計画。
適切な補償。
それでも、そののにはの女性が40以見続けてきた梅がある。
正は帰宅し、宗郎のへ資料を置いた。
「これ、どうう?」
宗郎は鏡をかけ、ゆっくり読んだ。
「を広げるのか」
「うん」
「必なんだろ」
「たぶん」
「なら何を迷ってる」
正はし苛った。
「父さんなら分かるだろ」
宗郎は資料を閉じた。
「俺の答えを聞いてどうする」
「経験があるから」
「おが議員だ」
厳しい言葉だった。
「でも――」
「正」
宗郎が遮った。
「の話を聞くことと、に決めてもらうことは違うぞ」
正は黙った。
「民を困らせない決定なんて、ないもある」
父のからたその言葉は、正にはだった。
宗郎は続けた。
「を広げなければ困るもいる。広げれば困るもいる。全員がぶ案があるなら最初から迷わん」
「じゃあ、どうすればいい」
「それを考えるのがおの仕事だろ」
宗郎は席をった。
その夜、正はで資料を読み直した。
翌から再び現へ通い、町の技師にも話を聞いた。
幅を当初案よりし狭められないか。
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