"昭和41年、集団就職の少年が一年ぶりに帰った故郷" 第12話
「気だな」
正はで呟いた。
を畳み、寮のさな棚へ入れようとした。
そこには母から来たが何通もねてある。
正は弟のをその番へ置いた。
そして首の計を見る。
午。
も朝から仕事だ。
以なら、故郷から届いたを読んだ夜にはい寂しさが襲ってきた。
へ帰りたい。
母の飯がべたい。
川を見たい。
友達に会いたい。
そういながら眠った。
今夜は違った。
故郷へ帰りたい気持ちはある。
それと同じくらい、の仕事もに浮かぶ。
最任され始めた械のこと。
輩へ教える約束をしたこと。
料がたら買おうとっているしい作業靴のこと。
正の活は、京にも確かにしていた。
故郷を捨てたわけではない。
京のになりきったわけでもない。
つの所のに、自分のがしずつ伸びている。
歳の、正は故郷から引きされたような気持ちで列へ乗った。
歳の、初めて帰省し、再び京へ向かう列へ乗った、ようやく分かった。
れることと、失うことは同じではない。
そのの、健は業を受験することになった。
母から届いたには、父が相変わらずうるさく弟へ勉しろと言っていることがかれていた。
そしての最には、こんな文があった。
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《このもらった拭い、やっと使いました》
正はその文字を見て笑った。
の休憩だった。
周囲では械の音が響いている。
窓の向こうには、故郷のなどつも見えない。
それでも正のには、解けの川も、古いも、父の畑も、母がっていた駅のホームも、はっきり残っていた。
そして正は、休憩終のベルが鳴るとを丁寧に畳んだ。
作業の胸ポケットへしまい、ちがる。
「、始めるぞ」
職の声がする。
「はい」
正は械の方へ歩きした。
歳で故郷をれて。
初めて帰ったあの、正は故郷が変わってしまったのだとった。
けれど本当に変わったのは、故郷だけではなかった。
族も。
弟も。
父も。
母も。
そして何より、自分自も。
故郷は昔のまま自分を待っている所ではない。
れているにもが暮らし、が流れ、しずつ姿を変えていく所だった。
だからこそ、何度でも帰るがある。
正には今、帰る所がつあった。
つは、自分を送りしてくれた故郷。
もうつは、自分ので居所を作り始めた京。
そのどちらも、もう正のから切りすことのできない所になっていた。
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