"空の米びつと一合の嘘" 第4話
受け取らない女
田所トキのは、堀川沿いの古い造にあった。勇が訪ねると、歳の女が戸をしだけけた。片目がく濁り、肩には繕った綿入れを掛けていた。勇がの米の息子だと名乗ると、女は戸を閉めかけた。「母さんから何を頼まれたん」。勇は「何も」と答え、受領帳の名について尋ねた。
「受け取ったことにしてもらってるんです」。トキはあっさり言った。「何をです」。勇が聞くと、女は返事をせず、奥の部を見た。そこには昨へ来たがいて、粗末な机のでに字をいていた。「信、このにお茶を」と女が言う。勇はの名を確かめようとしたが、は「茶ぁなんかない」と首を振った。襖の奥からは、さい子どもの咳が聞こえた。
トキは座布団をつした。「あんたのお母さんには借りがある」。勇は「それと受領印がどう関係するんです」と問う。「うちは米をもろうてへん。でも、印を押してきた」。トキは袖からさな印鑑をした。の縁が欠け、昨が持ってきた壊れた印と同じ模様だった。「あの印は最割れてしもてな。押した形が変わったらおかしい言うて、フミさんが気にしとった」
勇は寒気がした。トキは、米を受け取ってもいないのに受領済みにすることが正だとっていた。「なんで、そんなことするんです」
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。トキは「毎、決められただけ役所のが来る」と答えた。「そのので印を押せば、うちの所は帳面から消されん。米を受け取らへん分、ほかのへちょっとでも回せる言われた」。勇は目を見いた。「誰に」。トキはく黙ったあと、「さんや」と言った。
トキは息子を戦争で失い、息子の妻も病気でくした。今はの孫と暮らしているが、疎先から戻ったに所の続きがうまくまず、部の登録が古いままだった。は続きを何とかすると言い、その代わりに「受け取らない米にも印を押してくれ」と頼んだという。「うちは今、米がもらえるやないと言われた。けど印さえあれば孫の所も残せるって」。トキは両を膝にねた。「悪いことやとはうとる。せやけど、この子ら連れてまた追いされたら、どこへけばええんや」
勇は、母がトキに米を渡さなかった理由がし分かった気がした。同に、それではのから減った米の方は説できない。はトキの事を利用し、するはずの米をどこかで帳面から消しているのではないか。勇はトキに、「次に印を押すはいつです」と聞いた。「今の終わり」とトキは答えた。「それまでに、あんたのお母さんにも話しといてや。うちは、もうこれ以嘘をつきたない」
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へ戻ると、フミは台所で弘にい雑炊をべさせていた。勇がトキの名をすと、フミは箸を置いた。「会うたんか」。勇はうなずき、の名も告げた。フミは目を閉じた。「あののには、子どもがおる。昔の類がちゃんとしとらんから、何かあったら困る」。勇は声を荒げなかった。「困るからって、勝に受領印を押させてええんか」。フミは「ええとはわん」と言った。
「ほな、全部こう」。勇は帳面をいた。「届いた袋、らん量、客へ渡した量、受け取ったことにされた。全部」。フミは息子のを押さえた。「それしたら、うちはを続けられへんで」。勇は押さえられたを引かなかった。「このまま続けたら、いつか誰かの子が倒れる」。フミはその言葉に顔をゆがめた。先、弘が空腹で授業にふらついたことを、誰にもらせていなかったからだ。
その夜遅く、裏戸が度鳴った。澄が覗くと、田所の孫・信が息を切らしてっていた。「ばあちゃんが、もう回話したいって」。は濡れた袖でをぬぐった。「さんが来て、今までの印のこと、全部おらのせいにする言うて……」。勇がへようとすると、信は首を横に振った。「ばあちゃんだけやない。の米も閉めさせるって」。
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