"こぼされた定食の代償" 第1話
トレーのの侮辱
午半を回ると、厨の換気扇がごうごうと音をてて回り、鍋からちる汁と醤油のりが、広々とした社員堂いっぱいに広がっていく。
私、松尾順子(じゅんこ)は、調理着のに清潔ないエプロンを締め、角巾をきっちり結び直してからカウンターにった。御歳。この産業械部品メーカーの社員堂を切り盛りしている。
「順子さん、今の鉢、ほうれんのおひたしと奴、両方スタンバイできましたよ!」
声をかけてくれたのは、パート仲の清歩(あきほ)ちゃんだ。私よりひと回り以若いが、仕事の際が良くて気配りもできる、本当に頼もしい輩である。
「ありがとう、歩ちゃん。今もを過ぎたら気に混みうから、お噌汁の保温だけ気をつけておいてね」
「はーい!」
元気な返事を聞きながら、私はカウンターのの替わり定のサンプルをえた。今の主菜は、甘辛いタレを絡めた豚の姜焼きだ。ボリュームたっぷりで、うちの板メニューのつでもある。
社員堂で働く調理スタッフということで、周囲からはよく「気楽な堂のおばちゃん」とわれがちだ。けれど、実は私はこの会社の正社員として雇用されている。
毎の調理や配膳はもちろん、材の仕入れから庫のコスト管理、栄養バランスを考えたごとの献づくり、さらにはパートさんたちのシフト調に至るまで、裏方の事務仕事もすべて私の担当だ。
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忙しいけれど、お昼休みに疲れた顔でやってくる社員たちが「ごちそうさま、美しかったよ」「午からも頑張れます」と笑顔で声をかけてくれる瞬が、何よりのやりがいだった。
もちろん、何百も社員がいれば、全員が気持ちのいいばかりというわけにはいかない。
空腹でイライラしているのか、配膳の列で舌打ちをしたり、トレーを乱暴に置いたりする作法なもたまにいる。それでも半の社員は礼儀正しく、お互いに気持ちよく利用してくれていた。
ただ——最入ってきた部の若社員を除いては。
分を過ぎ、堂の混雑がピークを迎えた頃だった。
入の自ドア付から、周囲の線も気にせず、やけにきな笑い声が響いてきた。
「マジで!? あのクライアント、そんな簡単に落ちたの?」
「そうなんだって。俺のトークにかかればあんな案件、赤子のをひねるようなもんよ。まあ、うちの営業部で番数字持ってる男の腕ってやつ?」
「きゃー、頼もしい! さすが優さん! 私、やっぱり優さんについてきて正解だったわ」
ペラペラと軽な調子で話しながら歩いてきたのは、営業部の若社員、神崎優と宮ミキのだった。
仕てのいいスーツを着崩した神崎と、オフィスカジュアルにしてはがく派なの匂いを漂わせたミキ。
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はトレーを持ったまま、並んでいるの社員の列を平気で横入りするようにして、配膳のに割り込んできた。
順番を待っていた製造ラインのベテラン社員が眉をひそめたが、神崎は気にするもなく、カウンター越しに私を見ろしてきた。
「おい、おばさん。替わり定つ。肉、めに入れといてよ」
ミキもポーチからした鏡で髪を直しながら、馬鹿にしたような線を私に投げかけてくる。
「ほんと、相変わらず油っこい匂いが染みついてるわね、この堂。まあいいわ、さっさとちょうだい。お腹空いてるんだから」
私は胸の奥でさく息を吸い、接客用の穏やかな笑顔を崩さずに対応した。
「はい、替わり定ですね。々お待ちください」
歩ちゃんが際よくよそってくれたご飯とお噌汁を受け取り、姜焼きを乗せたお皿とともにのトレーへ並べた。
「お待たせいたしました。替わり定つです。どうぞ」
そう言って私が会釈をすると、神崎は箸を乱暴に引き抜きながら、フンとを鳴らした。
「はいはい、ご苦労さん。……相変わらず、っぽい盛り付けだな。これで取るとか、のじゃあり得ねえよ」
ミキも同調して、わざとらしく顔をしかめる。
「ほんとよねー。こんな物の餌みたいなご飯、毎べてるのたちの気がれないわ。
貧乏が集まって作ってるから、美しいものなんてべたこともないんでしょうね」
周囲にいたの社員たちが、斉にピキッと凍りついた。
歩ちゃんがりで唇を震わせ、今にもびそうとするのを、私はそっとで制した。
「お客様、の方のご迷惑になりますので、席へおみいただけますか」
私の言葉に、ミキは勝ち誇ったようなニヤニヤ笑いを浮かべ、神崎の腕にを絡ませながら背を向けた。
「言われなくてもくわよ。あんまりジロジロ見ないでよね、パートのおばさん。貧乏がうつりそうで寒気がするわ」
ケラケラと響く甲い笑い声が、堂のざわめきのに消えていく。
私はカウンターの縁を、爪がくなるほどぎゅっと握りしめていた。
おばさんと呼ばれることには慣れている。けれど、真面目に働くたちや、懸命作った料理を「物の餌」呼ばわりすることだけは、としてどうしても許せなかった。
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