"三輪山に消えた家族" 第6話
とをげてきたという。見ると、彼女は自分で炊いたというきな桶いっぱいの酢飯と、塩で綺麗に締められたサバを抱えており、何かただならぬ様子だった。
が終わった、老婆は千代子に厨を貸した。千代子は暗い厨ので無言のまま、1枚1枚、丁寧に柿の葉で酢飯とサバを包んでいった。その付きはいつも通り美しく、切の淀みがなかったという。
「しかしな、その横顔は真っでな……折、そのきな瞳からポロり、ポロりと涙がこぼれ落ちて、桶の酢飯のに吸い込まれていったんや。『どうかしはったんか』と声をかけても、奥さんは首を横に振るばかりでな……。ただ、『これで、事なもんを守れるんや』と、そう呟いてな……泣きながら、それでも必にをかす姿が、今でも目に焼きついとるんですわ」
老婆は言葉を切り、の窓からくに見える、夕暮れに染まるの稜線を静かに眺めた。 「そして、全部作り終えた、千代子さんは先でじっと輪の方を見げて、をわせてはりました。まるで、何かきなものに許しを乞うように、すがるように……。あの姿は、何かに追われて逃げるの姿やなかった。事なもんを、その命をかけて守り抜こうとする、い母親の姿でしたわ」
老婆の話を聞き終えた裕の胸は、激しい衝撃で締め付けられた。
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(叔母の涙……それは、葉への恐怖や、から追われることへの絶望から流されたものではなかったんだ。何かを、誰かを守るための、い決の涙だったんだ……)
だとしたら、体何を隠そうとしたのか。「柿の葉に包んだ真実」とは、体何だったのか。裕ので、葉を絶対な悪とする単純な事件の構図がきく揺らぎ始め、物語はより複雑で、いしみの様相を帯び始めていた。
茶の老婆が語った千代子の涙は、裕のにくのしかかった。「守る」という言葉の響きが、葉という確な敵のだけで塗り固められていた事件の構図を、根底から激しく揺さぶる。 あの失踪劇は、ただ権力者に追いつめられただけの受な劇ではない。そこには、族を守ろうとした母親の、そしておそらくは父親の、能ない志がしたのだ。
裕はい取りで再び波野のへと戻り、庭の隅にあるあの物置へと向かった。 (あの桐箱のあった所以にも、何か決定な見落としはないか。父親の正隆に関連するものは、何か残っていないか……)
彼は物置の扉をけ、農具や古い雑誌が積みにされた棚のを、今度は際注く、指先で探っていった。すると、埃をくかぶった製の棚の、番の引きしの奥くから、数冊の古びたノートを見つけした。
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表に目をやると、達とは言えないが、非常に几帳面な文字で「農作業誌」とかれ、それぞれの度が記されている。父親・正隆の文字に違いなかった。
裕はノートを抱えて居に戻り、畳のに広げてページを1枚1枚ゆっくりとめくっていった。そこには、たちが「温で実直なだった」と評した通りの、正隆の柄が滲みるような詳細な記録が綴られていた。 々の気温、そのの具体な作業内容、使用した肥料の種類や作物の成記録。には、「今の柿は来が良い、千代子もぶやろ」といった、族をう微笑ましい記述も見られた。族をし、真面目に農業に取り組む、絵に描いたような父親の姿がそこにはあった。
しかし、失踪したである1992の誌をにとり、の初めから読みめていた裕は、あるページで完全に指を止めた。 失踪の約半、1991の至を境にして、誌の内容が突如として異様な変貌を遂げていたのだ。
それまでの几帳面な農作業の記録は跡形もなく消えり、ページを埋め尽くしていたのは、まるで別がいたかのように激しく乱れた跡で、き殴られた無に見える数字とアルファベットの羅列だった。
『10254.5』 『N225 2100』 『S 300L』
(これは暗号だろうか……。何かの計算式か?) 裕はノートを両で持ち、首を捻った。
文字の激しい乱れからは、父親の正隆が当じていたであろう、尋常ではない焦りや精神な混乱がリアルに伝わってくる。
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