"盗まれた120頁" 第4話
広さはわずか4畳半。トイレは共同で、隙が吹き込む部でした。
そこを拠点に、自分たちので息子を探し始めたのです。
印刷会社に発注した尋ねのチラシは、段ボール箱で次々と届きました。1箱に2000枚のチラシが詰め込まれ、そのさは10kgにもなります。
部の半分は、インクの匂いがする段ボールで井くまで埋め尽くされました。
配り歩いたチラシの数は、最終に10万枚に達します。
朝6。京の気温がまだ3度ほどのたいの、母親は駅の改札にち、に通り過ぎる通勤客にをげ続けました。
「息子を見ませんでしたか」
「どんな些細な報でも構いません」
けれど、受け取られたチラシのくは、数m先のゴミ箱に捨てられました。駅員がそれを箒で掃き集める音を、母親は黙って聞くしかありませんでした。
父親は、誠の写真を拡した作りのプラカードを首からげていました。さ5mmのアクリル板はく、連、首と肩にくい込みました。
宿、渋、池袋。裏のネットカフェやカプセルホテル。息子がいるかもしれない所を、2はすべて歩き回りました。
靴の裏はすぐに擦り減り、の裏には無数のぶくれができました。絆創膏を何枚も貼って、それでも歩き続けました。
1で履きつぶしたスニーカーは、夫婦わせて8。
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歩いた距は、5万kmに及びました。
夜になると、2は4畳半のたい畳のでをきました。宛先は全国のテレビ局や週刊誌の編集部です。
宛名きの作業は、連午3まで続きました。
「どうか息子の失踪を番組で取りげてください」
「あの子は絶対に自分からいなくなるような子ではありません」
きの分いとチラシを同封し、500通以も郵送しました。80円切を500枚買うだけでも、2の細い活費を激しく圧迫しました。
しかし、メディアの反応もたいものでした。
「事件性が確認できないため、報は難しい」
「警察がかない案件は、番組構成扱えません」
定型文のような返事だけが、古いアパートのポストに溜まっていきました。
は無に流れました。
1995のが過ぎ、1998になり、2000を迎えました。
母親の黒髪には髪が混じり、背はきく曲がっていきました。指先はチラシのインクで黒く染まり、何度鹸で洗っても落ちませんでした。
父親は極度のストレスで胃を壊し、固形物をほとんどべられなくなりました。
それでも、2は毎駅にち続けました。
彼らはりませんでした。
誠が本のどこかの町で、ひっそり暮らしているわけではないこと。
息子の帰りを待つその10が、完全な徒労であったこと。
そして、彼らが配り歩いたチラシの1枚が、京の都にある層ビルにも届いていたことを。
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30階建てのビルにあるIT企業の社。
空調が完璧に管理されたその部で、級革張りの子に座る男がいました。
男はデスクのに置かれたチラシをたく見ろしました。そこには誠の顔写真と、両親の必な文字が印刷されていました。
男はそれを瞥すると、無言でシュレッダーにかけました。
が細かく切り刻まれる械音だけが、静かな社に響きました。
両親の10は、残酷な嘘のに築かれた砂のでした。
探せば探すほど、世界は恐ろしいほど静まり返っていったのです。
20003。
誠の失踪から、ちょうど5が過ぎていました。世の関もれ、チラシのインクもあせ始めた頃、京の4畳半のアパートで黒い話が鳴りました。
受話器を取った母親のに届いたのは、阪府警の捜査員の声でした。
「息子さんに似た男性が、内の町で働いているという通報がありました」
母親は息を呑みました。
「齢、、顔の特徴が致しています。偽名を使っているようですが、写真を見た同僚も、違いないと証言しています」
その言葉は、いの底に沈んでいた両親に差し込んだ、筋の烈なでした。
母親は受話器を握りしめたまま、畳のに泣き崩れました。
翌の午7。
2は阪へ向かう幹線の窓際の席に座っていました。
500kmという距を猛スピードで移する内で、父親は内販売で買った幕の内弁当を、5ぶりに完しました。
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