2022年8月、熊本県の国見岳へ登った会社員のTさんは、下山中に鹿を追って登山道を外れてしまう。 ほんの少し写真を撮るだけのつもりだった。だが、気づいた時には来た道が分からなくなり、Tさんは誰にも気づかれないまま深い森の奥へ迷い込んでいた。 滑落、負傷、雨、空腹、電波の届かない携帯電話。沢を下り、斜面を登り、助けを求めても声は届かない。やがて疲労と脱水で、Tさんの前には存在しないコテージや人影まで見え始める。 一方、自宅で帰らない夫を待つ奥さんは、警察の捜索だけに頼らず、SNSで必死に情報を発信し続けていた。小さな投稿は多くの人に拡散され、救助隊、登山者、ボランティアたちが山へ向かう。 遭難から数日後。 もう歩く力も残っていなかったTさんの耳に、森の奥から声が響く。 「動くな!」 「叫べ!」 それは幻聴なのか、それとも本当に助けが来たのか。 真夏の山で消えかけた命を、家族のもとへつないだ奇跡の救助劇。