"50年目の沈黙の部屋" 第9話
その建物は、取り壊されることになった。
解体の、病院の周囲にはまたが集まった。
報陣、元の関係者、政の担当者、そしてくから訪れた々。かつて廃墟を写真に撮っていた者たちも、その最を記録しようとカメラを構えていた。
が敷に入り、朽ちた壁を崩していく。
割れた窓枠が落ち、廊だった部分が崩れ、病だった空がのに晒されていく。
3階の、あの壁があった所も、やがてのに消えた。
レンガも、漆喰も、錆びたベッドフレームも、すべて撤された。
い、森ので黙ってち続けた病院は、数かけて完全に姿を消した。
その、敷はされた。
々のに残ったのは、からのが吹き抜けるだけだった。かつて病院があったことをらなければ、そこに暗い部があったとは誰もわないだろう。
しかし、何もなかったことにはならない。
吉川の遺骨は、証拠としての保管を終えた、自治体に引き渡された。
彼を引き取る親族はいなかった。
母親はすでに1974にくなっていた。の親族も見つからず、彼の骨を迎えに来る者はいなかった。
政が葬儀を配することになった。
さな葬だった。
参列者はくなかった。
しかし、そこには警察関係者、政担当者、事件を追った記者、そして名をかさない元護師がいたとも言われている。
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誰もきな声で話さなかった。
葬炉の扉が閉まる、吉川はようやく、暗の部から完全に解放された。
遺は元墓の公共納骨堂に納められた。
名もない壺の1つとして。
それでも、彼には名があった。
吉川。
30歳で病院に入った男。
妄に苦しみ、恐怖に抗い、閉ざされた部で命を落とした男。
50く誰にも探されなかった男。
その名は、事件をった々の記憶に残った。
報、精神医療の歴史を振り返る特集が相次いだ。
かつて精神疾患を持つ々がどのように扱われていたのか。
族からも社会からも隔され、声を奪われ、記録だけのにされていた々がどれだけいたのか。
吉川の事件は、ひとつの象徴になった。
彼がくなった1973には、彼の声は誰にも届かなかった。
だが2021、壁のからてきた骨と記録が、沈黙を破った。
もし、20213にボランティアたちがあの壁に気づかなかったら、吉川は今もそこにいたかもしれない。
の漆喰に隠され、レンガの奥に閉じ込められたまま、誰にもられず、誰にも呼ばれず、ただので朽ちていたかもしれない。
健が壁を叩いたの、あの空洞の音。
それは、ただの建築の違ではなかった。
50く、誰にも届かなかった沈黙の反響だった。
発見された部には、窓がなかった。
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もなかった。
へ通じる扉もなかった。
そこにあったのは、錆びたベッドフレームと、腐った布と、ひとりの男の骨と、最まで事務にかれた観察記録だけだった。
記録にはがなかった。
「患者、興奮状態」
「事を拒否」
「呼吸い」
「命の兆候なし」
たったそれだけの言葉で、ひとりの苦しみが片づけられていた。
しかし、吉川は記録のの「患者」ではなかった。
彼には名があった。
母親がいた。
30分のがあった。
病気に苦しみ、恐怖し、誰かに助けを求めていたかもしれない声があった。
それを、当の病院は消した。
社会も気づかなかった。
母親がくなった、彼を探すはいなくなり、病院閉鎖の類ので彼のはさらにれていった。
だが、消されたは、本当に消えるわけではない。
壁の向こうに残された骨。
紐で縛られた記録。
1枚の請求。
そして、50沈黙していた元護師の証言。
それらはすべて、彼がここにいたことを語っていた。
吉川というが、確かにしたことを。
事件の、旧病院のあった所はになった。
には雑が伸び、にはから湿ったが吹き、には枯れ葉が積もる。になると、あいのたい空気がそこを覆う。
そこを通るはもうない。
建物はなく、壁もない。
沈黙の部もない。
けれど、その所には、見えない記憶が残っている。
はに、都の悪いものを壁の向こうへ隠そうとする。
苦しむを見ないふりをし、声を聞かず、名を忘れる。
だが、どれほどい壁を作っても、そこにあった事実はいつかに触れる。
吉川は、い、誰にも探されなかった。
誰からも呼ばれなかった。
誰にも悼まれなかった。
しかし、50くたってから、彼の名はようやく呼ばれた。
暗い部ので終わったが、遅すぎる形で、社会のに戻された。
彼の遺は今、元墓の公共納骨堂に眠っている。
特別な墓はない。
訪れる親族もいない。
それでも、彼はもう壁のにはいない。
と忘却ので過ごしたいの果てに、誰にも探されなかった男は、ようやく名を取り戻した。
彼の名は、吉川だった。
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