"七五三の不要人物" 第1話
「お母さん、その着物で来たんですか?」
嫁の瑠帆が私を見るなり、わずかに眉を寄せた。
「今は写真に残るなので、もうし考えてほしかったです」
の空はく澄み、神社の境内では黄くづいた杏の葉がに揺れていた。玉砂利の参にはを祝う族連れがき交い、あちらこちらから子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
そので、私は息を止めたようにっていた。
私の名は、すみ。69歳。
沿いのさな町で、き夫から受け継いだ仕て直しのを営んでいる。
今、私は3歳になる孫娘・莉都のを見るため、朝くから支度をしてきた。
選んだのは、落ち着いた藤鼠の着物だった。派な柄ではなく、いのような模様が裾に入っているだけの、控えめな枚である。
くなった夫が、よく褒めてくれた着物だった。
「すみには、こういう静かながよく似う」
鏡ので帯を締めながら、その声をいしていた。孫の華やかなれ着を引きてるには、このくらいでちょうどよいとっていたのだ。
けれど、瑠帆の目には違って見えたらしい。
「昔っぽい雰囲気がいんですよね。今の写真って、全体の統が事なので」
統。
便利な言葉だとった。を輪のへ押しすにも、まるで飾り棚の置物をかすように使えるのだから。
広告
息子の武志は、私と目をわせようとしなかった。スマートフォンを確認するふりをしながら、ただ黙っている。
私は胸の奥で、さなものが沈んでいくのをじた。
それでも、今の主役は莉都だ。
私は表を崩さず、赤い被布を着た孫のに膝をついた。
「莉都、とてもかわいいわ。おばあちゃん、今をずっと楽しみにしていたのよ」
莉都は頬を桃に染め、嬉しそうに笑った。さな髪には淡い飾りが揺れ、にはの刺繍が入った巾着を持っている。
「おばあちゃん、これ見て。キラキラしてるの」
さな指が、巾着の飾りを揺らした。
「本当ね。莉都にとてもよく似っているわ」
その笑顔を見ただけで、ここまで来てよかったとえた。
たとえ嫁の言葉が胸に刺さっていても、息子が何も言わなくても、私は孫のれ姿を見たかった。
今回のには、すでに私が55万円をしていた。
写真館の予約、莉都の装代、両の親族を招く事会の費用。武志から話で頼まれるたび、私は通帳をき、せる額を計算した。
とのわずかな売で暮らす私にとって、決して軽い額ではない。
それでも、莉都のに度のお祝いだからとった。
「母さん、本当に助かるよ。莉都もきっとぶ」
話の向こうでそう言った武志の声を、私は信じたかった。
広告
やがて拝殿ので、写真館から来たカメラマンが脚をてた。
「それでは、皆様で枚お撮りしましょうか」
その言葉を聞き、私はほんのしへた。
ところが、その瞬だった。
「あ、すみません」
瑠帆がるい声をげた。
「まずは族だけでお願いします」
族だけ。
その言葉が、よりもたくの奥に残った。
武志と瑠帆と莉都。3は並んでカメラのにった。
私は、その輪のすぐそばにいながら、そこへ入ることを許されなかった。
「母さん、悪いけど、しろで待っていてくれないか。段取りがあるから」
武志はそう言い、私を鳥居の脇へがらせた。
段取り。
それもまた、便利な言葉だった。母親をざけるでさえ、ずいぶん柔らかく聞こえる。
私は黙ってうなずき、玉砂利を踏んで歩がった。元で乾いたがさく鳴った。
境内には、れ着姿の子どもたちが勢いた。
祖父母とをつなぐ子。母親に髪飾りを直してもらう子。父親に抱きげられて笑う子。
どの族の輪にも、祖父母が自然に入っていた。
けれど、私のつ所だけがしれている。
瑠帆は莉都の肩にを添えながら、カメラマンに向かって言った。
「親子3の空気を事にしたいんです。あまり数がいと、ただの記写真になってしまうので」
記写真のに、記写真になることが困るらしい。
ずいぶん度な理屈だと、私はので苦笑した。
もちろん、声にはさない。今の私は莉都のを祝うために来たのであって、を乱すために来たのではない。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
母親ではないと言われた日
「あの人は本当の母親ではありません」 小学5年生の授業参観で、姑・光江は教室中に聞こえる声で、継母の佳奈恵を否定した。 理子が5歳で実母を亡くしてから、佳奈恵は6年間、食事や通院、学校生活を支えてきた。それでも夫の俊一は「母さんに悪気はない」と繰り返すだけだった。 翌朝、佳奈恵は学校から一本の電話を受ける。理子の緊急連絡先が佳奈恵から光江へ変更され、その書類には俊一の署名まであった。 さらに姑は、英語教室や私立校への転校まで、本人に黙って決めようとしていた。 家族会議の日、11歳の理子は青いノートを抱えて現れた。表紙には《勝手に決められたこと》――そこには、祖母だけでなく父が娘へ強いてきた「我慢」が、2年分の日付とともに記されていた。因果応報|嫁姑|親子関係1.7万字5 381 -
完結第11話
姑が剥がした私の名前
小さな菓子工房《灯菓》を営む私は、町内会の敬老会に出す96個のプリンを正式な注文として受けた。 しかし当日の朝、冷蔵庫の中からプリンがすべて消えていた。持ち出したのは義母・富美子。しかも彼女は私の店名と表示ラベルを剥がし、自分の名前を貼って「会長手作り」として配ろうとしていた。 保管温度も、消費期限も、誰が責任を持つのかも曖昧なまま、プリンは高齢者たちの前に並べられる。私は必死に止めようとするが、夫は「母さんを悪者にするな」と私の腕をつかんだ。 その夜、敬老会の参加者が体調不良で搬送される。 原因は本当に私のプリンだったのか。義母は何を隠し、夫はどこまで関わっていたのか。 一枚の貼り替えられたラベルをきっかけに、嫁の仕事を“暇つぶし”と笑ってきた家族の本音が、静かに暴かれていく――。嫁姑|親子関係|修羅場1.6万字5 899 -
完結第14話
帰国した僕を待っていたボロ家
7年間、アメリカで必死に働き続けた木村健二。 妻と息子、そして母のために仕送りを続け、岐阜の実家も新しく建て替えた。帰国の日、健二は家族が立派な新居で自分を待っていると信じていた。 しかし、そこで彼を迎えたのは母と兄夫婦だけ。妻・早苗と息子・勇気の姿は、家のどこにもなかった。 不審に思った健二が辿り着いたのは、町外れの川沿いに建つ古びたプレハブ住宅。そこには、やつれた妻と、破れた問題集を大切に使う息子の姿があった。 自分が送った大金は、どこへ消えたのか。 なぜ妻子だけが新居から追い出されたのか。 7年間信じてきた“家族”の裏側で、健二の知らない嘘と沈黙が静かに積み重なっていた――。夫婦|真相|親子関係2.0万字5 3743 -
完結第12話
息子の婚約者の母は、20年前の女だった
20年前、夫の不倫によって家を追われ、5歳の息子・健一を一人で育ててきたゆみ。昼も夜も働き続けた息子は医師となり、愛する女性との結婚を決めた。 両家の顔合わせの日、婚約者の母・恵子は、ひとり親家庭を遠回しに見下しながら、上品な笑みを浮かべていた。だが、ゆみの顔を見つめた瞬間、その表情が明らかに変わる。 恵子は、20年前にゆみの夫と関係を持ち、母子を雨の中へ追い出した張本人だった。 化粧室で2人きりになると、恵子は「子どもたちには黙っておきましょう」と口止めする。しかし、ゆみの鞄には、恵子の現在を調べた報告書が入っていた。 そこには多額の借金と不審な金銭の動き、そして「娘の婚約者が医師になった」と周囲へ話す恵子の姿が記されていた。20年前に家庭を壊した女は、今度は息子の人生まで利用しようとしているのか――。真実|親子関係|不倫1.8万字5 1125 -
完結第10話
消された合格通知
実家のパン店《麦の灯》が改装開店を迎えた朝、34歳の直人は、弟から「今日だけは裏口から入ってくれ」と頼まれた。 店頭では、直人が27回の試作を重ねて完成させた塩麹あんパンが、《二代目・拓海が生んだ奇跡の味》として紹介されていた。取材を受ける弟とは対照的に、直人の肩書は今も「製造補助」のままだった。 そんな厨房へ、高校時代の担任が偶然現れる。直人が「専門学校には落ちた」と話すと、担任は思いがけない事実を告げた。 「君は合格していた。特待生選考にも通っていたよ」 さらに学校には、直人本人が進学を辞退したことを示す書類まで届いていたという。しかし直人は、そんな書類を書いた覚えなどない。 弟の名前で売られる自分のレシピと、16年前に消された合格通知。家族が守ろうとした店の裏で、直人から何が奪われていたのか。一枚の古い書類をきっかけに、父と母が隠してきた選択が明らかになっていく――。兄弟姉妹|親子関係1.6万字5 1101 -
完結第11話
夫の実家は空き家だった
結婚して半年。32歳の若菜は、穏やかで誠実な夫・裕介と、静かな新婚生活を送っていた。 裕介の両親は長く海外で暮らしており、日本へ戻ったばかりだと聞かされていた。正月、仕事になった夫の代わりにお年賀を届けようと、若菜は以前教えられた義実家を一人で訪ねる。 しかし、家は人が暮らしているとは思えないほど荒れていた。隣人へ尋ねると、返ってきたのは信じられない言葉だった。 「そこは5年前から空き家ですよ」 混乱した若菜が住所を尋ねても、裕介は決して教えようとせず、贈り物の蟹も自分で届けると言い張った。ところが数日後、見知らぬ男女が突然マンションを訪れ、若菜へ笑顔で告げる。 「この前は高級な蟹、ありがとうね」 5年前から誰も住んでいない「夫の実家」と、若菜の名前を知る謎の男女。裕介はなぜ家族の存在を隠し、他人の家を自分の実家だと偽ったのか――。嫁姑|親子関係|修羅場1.6万字5 1813 -
完結第17話
葬儀代10万円を拒んだ叔父――17年後、空の封筒を持って私は戻った
1996年、15歳の黒川大樹は、母の葬儀代10万円を借りるため叔父・健造の屋敷で土下座した。しかし健造は大樹を泥へ蹴り落とし、父方の親族も全員背を向ける。救ってくれたのは、貧しい隣人・佐藤正一が差し出した茶色い封筒だった。母の遺品から、健造による借金と不動産取得の記録を見つけた大樹は、証拠を抱えて町を離れる。17年後、上場企業の社長となった大樹のもとへ、75歳の佐藤に2000万円が請求されているとの知らせが届く。故郷へ戻った彼が目にしたのは、泥の中で叔父に踏みつけられる恩人の姿だった。親子関係|金銭問題2.2万字5 1605 -
完結第14話
3人の息子は、夫の隠し子だった
離婚届に署名した直後、夫・総一郎は私に言った。 「3人の息子の中から1人選べ」 名門・斎藤家の妻として、5年間、私は3人の息子を育ててきた。けれど彼らは、私の実子ではなかった。夫の愛人が産んだ子どもたちだったのだ。 そして、家の中でただ一人、冷たく扱われていた娘・小春だけが、私にとって守るべき存在だった。 「あなたの隠し子なんて、1人もいらない」 そう告げて娘の手を取った瞬間、斎藤家が隠してきた嘘が崩れ始める。 親子鑑定書、偽造された書類、奪われかけた親権、そして夫がどうしても小春を手放そうとしなかった本当の理由。 離婚は終わりではなかった。 娘を守るため、そして自分の人生を取り戻すための、静かな反撃がここから始まる――。夫婦|親子関係|不倫2.1万字5 893 -
完結第19話
「母さん、車に乗れないから来なくていい」――家族に捨てられた母と消えた1200万円
正月10日、72歳の春子は息子一家と焼肉へ行くはずだった。ところが玄関で息子から「母さん、車に乗れないから来なくていい」と告げられる。5人乗りの車には、荷物をどかせば十分座れる場所があった。それでも春子は何も言わず、家族を見送る。直後、共有カレンダーに表示された翌日の予定を見て、表情が変わった。《母・施設送迎》《通帳と実印を確認。拒否したら部屋を探す》。さらに、本人の知らない老人ホームの資料、偽造された介護申請書、1860万円と査定された自分名義のマンションまで見つかる。春子は通帳、実印、権利証を鞄に詰め、その夜、新幹線の指定席12Aに座った。家族が母を“病人”に仕立てて財産を動かそうとしていた計画が、そこから崩れ始める。嫁姑|親子関係2.6万字5 3759 -
完結第16話
午前2時、義母に追いやられた離れ
水野由香は、脳梗塞で倒れた義父・正一を3年間支え、死後も遺品と会社書類の整理を続けていた。夫が出張へ出た夜、義母から庭の古い離れで寝るよう命じられる。午前2時、家政婦の富子が「今すぐ逃げて」と駆け込み、直後に3人の男が窓を破った。狙いは由香の実印と遺贈辞退書。逃走中に残した26秒の録音が義母の嘘を崩し、亡き義父の遺言から25%の株式と黒い手帳が現れる。そこには18件、合計3,240万円へ続く赤い線が残されていた――。夫婦|親子関係2.2万字5 2048