"売らなかった紙" 第7話
あるの午、所の会社に勤める若い男性がへ入ってきた。妻から頼まれて洗剤を買いに来たらしく、棚のでしばらく迷った、箱だけ籠へ入れた。
「福田さん、こののの話、うちの会社でも聞きましたよ」
源蔵は帳で伝票をきながら、「そうか」と答えた。
「すごいですね。普通、売りますよ。あんなに欲しいがおったら」
「売ったで。次のに」
「いや、そういうやなくて。値段げて売ることもできたでしょう」
源蔵の鉛が止まった。
「それしたら、次から誰も信用せんやろ」
「でも今ならくても売れますよ」
「今だけや」
源蔵はそれだけ言って、また伝票をき始めた。
若い男性はし考え込んだ、代を払って帰っていった。
澄はそのやり取りを聞きながら、夫の考えが以よりし分かるようになっていた。源蔵にとって商売とは、今でいくら儲けるかだけではなかった。も来てもらい、来も顔をわせ、10にも「あそこで買えば丈夫」とってもらうことまで含めて商売だった。
それは効率のいい考え方ではなかった。
型スーパーが増え、価格競争が激しくなり、さな個商がしずつ苦しくなり始めた代である。丸福商も決して余裕があったわけではなく、息子からは「この先はをきくするか、何か変えないと厳しい」
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と何度も言われていた。
それでも源蔵は、目のの客を「回の売」として見ることができなかった。
吉田しげなら。
の悪い吉田さん。
田辺なら。
ご主を介護している田辺さん。
なら。
赤ん坊が。
夜泣きする。
若い夫婦。
客には。
名が。
活が。
あった。
だから「い者勝ち」という言葉を、彼はどうしても好きになれなかった。
方で、商の空気がすべて穏やかになったわけではない。別の雑貨では洗剤を巡って客同士が言い争いになり、スーパーではから列ができ、聞には各の買いだめ騒がきく載っていた。価格の昇も現実にみ、源蔵自、仕入れ値が変わるたびにを抱えた。
「この醤油、次からがるって」
澄が問からのを見せると、源蔵は眉をしかめた。
「またか」
「うちも値段げな無理よ」
「分かってる」
「お客さん、またるかな」
「るやろな」
源蔵は苦笑した。
値げせずに済むものならしたくないが、仕入れ値ががればも耐えられない。善だけで商売を続けられないことを、彼は誰より分かっていた。
だからこそ。
トイレットペーパーを。
あの。
値げしなかった。
ことには。
別のも。
あった。
仕入れ値が変わっていないのに。
「世がだから」
というだけで。
くする。
それだけは。
したくなかった。
数。
昼過ぎに。
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本が。
また。
へ来た。
にっていたあの女性である。
にはさな包みを持っていた。
「これ、うちで漬けた根」
「何や、急に」
「こののお詫び」
「いらん、いらん」
源蔵は断ったが、本は無理やり帳へ置いた。
「私、あんたのこと儲けしか考えてへんって言うてしもうたから」
「気にしてへん」
「私は気にするの」
本はし笑った。
「うち、あの3包残ってたんよ。それでも買わなやった。吉田のおばあちゃんは本当につもなかったって聞いて、恥ずかしなったわ」
源蔵はしばらく何も言わなかった。
やがて。
漬物の包みを。
帳のへ。
置いた。
「ほな、晩にべるわ」
それで話は終わった。
げさな反省も。
教訓も。
必なかった。
なくとも。
丸福商では。
包のが。
の顔を。
しだけ。
変えた。
11が終わりにづくにつれ、物価の昇は々の暮らしへはっきりを落とし始めた。灯油、洗剤、砂糖、用油など、常活に欠かせない物の値段ががり、主婦たちは聞の折り込み広告を見比べながらしでもいを探した。丸福商にも「次は何がなくなる」「これも値がりするらしい」という噂が毎のように持ち込まれた。
ある朝、澄が準備をしていると、のに見慣れない女性がっていた。隣町から来たというその女性は、「こちらではつしか売らないって本当ですか」
と尋ね、源蔵が頷くとししたような顔をした。
「向こうのスーパー、昨すごかったんです。
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