"売らなかった紙" 第9話
むしろの経営を配しているからこそ、売れるに売らなかった父親の判断が理解できないのだろう。澄は奥で茶を淹れながら、源蔵がどう答えるのか黙って聞いていた。
「浩、お、じいさんの覚えてるか」
「俺がさい頃にくなったから、ほとんど覚えてへん」
「そらそうやな」
源蔵は子へ座り直した。
「俺はな、終戦の8つやった」
浩も黙った。
父親が戦争直の話を自分からするのは珍しかった。
「じいさんもやってたけど、今みたいに品物なんか来えへん。米も砂糖も鹸も、入ったらすぐなくなった。客がので喧嘩するのも何遍も見た」
源蔵の脳裏には、今でも鮮に残っている景があった。寒い朝、最に残った米の袋を巡っての女性が引っ張りい、片方の袋が破れてへ米粒が散った。周囲の々が拾おうとしゃがみ込み、たちののでさかった源蔵はけなくなった。
「じいさん、止めへんかったん?」
浩が尋ねた。
「止めたよ。でも、誰も悪いちゃうねん。みんな族にわせたかっただけや」
源蔵はゆっくり言った。
「そこが怖いんや」
善でも。
になれば。
自分の族を。
先に守る。
つ。
く。
持って帰る。
そのつが。
別のの。
つを。
消す。
「その晩、じいさんが言うたんや。『物がないは売る方も試される』って」
浩は何も言わず、父親を見ていた。
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「当は分からへんかった。でも今回、をそうとした、あの言葉いした」
「それで売らんかったん?」
「半分はな」
「半分?」
源蔵はし笑った。
「もう半分は、吉田のおばあちゃんの顔いしたからや」
浩も笑った。
「結局、所のやん」
「商なんか、そんなもんやろ」
丸福商は経済をかすようなきなではない。源蔵が数箱のトイレットペーパーをどう扱ったところで、本全体の品が解消するわけでも、オイルショックが終わるわけでもなかった。
それでも。
自分のから。
つの商品を。
誰へ。
渡すか。
それくらいは。
決められる。
源蔵は。
それだけを。
した。
浩はしばらく帳の貼りを眺めていた。
「親父、継げって言われても俺には無理やわ」
「誰も言うてへん」
「そこはし残そうにしてくれや」
で笑った。
澄は茶を置きながら、夫の横顔を見た。
あの、ので何もの客から責められていた、源蔵は過の何かと向きっていたのかもしれない。自分が子どもの頃に見た「届かなかった」を、もう度作りたくなかったのだろう。
浩が帰った、澄はの戸締まりをしながら言った。
「そんな事な話、私にも初めてしたね」
「言うほどの話ちゃう」
「48も覚えてたんやから、事な話やろ」
源蔵は返事をしなかった。
代わりに。
帳の灯りを。
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消した。
暗くなった。
のに。
商品棚の。
が。
並ぶ。
棚には。
まだ。
空いている所が。
いくつもあった。
それでも源蔵は、空の棚を以ほど怖いとはわなくなっていた。
棚が空でも。
また入る。
問題は。
そのに。
のまで。
空にしないことだった。
がけても、物価の昇と品の響はすぐには消えなかった。昭49になる頃には、々もしずつ状況に慣れ、「何でもなくなる」という最初の頃の極端な恐怖はれていった。丸福商でもトイレットペーパーの入荷は徐々に定し、族包という貼りをせるがやってきた。
「これ、もう剥がしてええんやね」
澄が柱の貼りを指差すと、源蔵は「ああ」と頷いた。何週もに当たっていたは端が丸まり、墨の部もくなっている。澄はそれを破って捨てようとしたが、ふとい直して、帳の引きしへしまった。
「何で取っとくんや」
「何となく」
「枚やで」
「その枚で、あんたえらいられたやないの」
源蔵は苦笑した。
内の棚には再び商品が並び始めていた。以ほど量ではないものもあったが、客がからってくるような景は減り、「次に来たに買えばいい」とえる程度には常が戻っていた。
吉田しげは相変わらず杖をついてへ来た。以より歩く速度は遅くなっていたが、気のいいには自分で買い物をしたいと言い、源蔵が届けようかと尋ねても「歩かんと余計がる」
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