みかん小説
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"母に届かなかった10円" 第6話

そんな姿を見るたび、胸の奥がわずかに痛んだ。

いつか女は考えるようになった。

自分の悔は、もう消えない。

ならば、同じ悔をするでも減らすことはできないだろうか。

げさなことではなくていい。

誰にもられなくていい。

たった10円でできることなら。

その考えが形になったのは、それからさらにが経ってからだった。

女が10円玉を置くようになったのは、誰かに頼まれたからではなかった。

最初の枚を置いたにも、特別な決があったわけではない。

ある朝、公衆話のを通りかかった。

財布のには10円玉が何枚か入っていた。

だった。

買い物へ向かう途だった女は、話ボックスを見た瞬、昭30代のあのした。

あの、ここに枚あったら。

そうった。

女は財布をいた。

10円玉を枚取りした。

そして公衆話の横へ置いた。

誰かに見られるのがし恥ずかしかった。

善いことをしているつもりではなかったからだ。

誰かに褒めてもらいたいわけでもない。

自分でも、なぜそんなことをしたのか完全には説できなかった。

ただ、そのまま歩きした。

の翌朝、同じ所を通った。

また10円玉を置いた。

さらに翌も。

いつしか25の朝に10円玉を置くことが、女のさな約束になった。

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額は枚だけだった。

何枚も置けばいいとはわなかった。

なのは、自分があの欲しかった枚だったからだ。

10円あれば、なくとも最初の通話を始められる。

へ急いでらせることができる。

「遅くなる」

「迎えに来て」

「今、病院にいる」

「すぐ来てほしい」

どんな言葉に使われるかは分からない。

使ったの顔を見る必もなかった。

女は置いた度も振り返らないようにしていた。

になって、10円玉が誰かに使われたか確認することもしなかった。

使われずに残っているかもしれない。

子どもがお菓子を買うため持っていくかもしれない。

誰かが落とし物だとって拾うかもしれない。

それでも構わない、と自分に言い聞かせていた。

枚あれば、いつか誰かが困らずに済むかもしれない。

それだけで分だった。

が過ぎた。

女は20代ではなくなり、30代、40代を過ぎ、50代半ばになっていた。

の景しずつ変わった。

が入れ替わり、通う々の顔も変わった。

だったが会社員になり、朝聞を買っていたがいつのにか姿を見せなくなる。

それでも公衆話はそこにあった。

そして毎25の朝、女は変わらず10円玉を置いた。

森田がそのことに気づいたのは、ずっとだった。

子どもたちが「10円の」と呼び始めたことも、女はらなかった。

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の男が、誰が置いているのか議にっていることもらなかった。

女にとっては、誰にもられない方がよかった。

に話せば、母のことも話さなければならなくなる。

母が最に自分を呼んでいたこと。

自分がその、たった10円玉を探して駅でを失っていたこと。

そして何経っても、そのことを引きずっていること。

そんな話は、自分に置いておけばいいとっていた。

だからあのの朝、森田から声をかけられた、女は本当に驚いた。

まさか見られているとはっていなかった。

しかも「どうして10円なんです?」と聞かれた。

も胸の奥へしまっていた問いを、突然けられたような気がした。

黙って帰ることもできた。

ただの気まぐれだと言うこともできた。

それでも女は、なぜかその朝だけは話した。

公衆話。

朝のたい空気。

のあのと、どこか同じものをじたからかもしれなかった。

森田は、女の話を遮らなかった。

聞を買う客が来ればへ戻り、代を受け取って聞を渡した。それが済むと、また公衆話のそばにつ女へ線を戻した。

女は淡々と話していた。

泣くこともなかった。

声を震わせることもほとんどなかった。

それがかえって、その来事が胸のにあったことを森田へ伝えていた。

「お母さんがくなったのは……あなたのせいじゃないでしょう」

森田は途でそう言った。

女は静かに頷いた。

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