"母に届かなかった10円" 第7話
「分かってます」
「話がくつながっても、にったかどうかなんて」
「ええ。分かってるんです」
女は公衆話へ目を向けた。
ガラス越しに、黒い受話器が見えた。
「あの、10円があったからって、母が助かったわけじゃありません。話したところで、私がすぐそばへけたわけでもありません」
森田は黙っていた。
「でもね」
女はしだけを置いた。
「あの10円があれば、っていうのだけは、ずっと消えなかったんです」
女自、そのいが正しいとは考えていなかった。
むしろ何度も、自分に言い聞かせたという。
10円玉の問題ではない。
母の命は自分にはどうすることもできなかった。
数分く話をしたところで、運命が変わったとは限らない。
それでも、は理屈通りにはかなかった。
「母が私を呼んでたって姉から聞いたでしょう。その、自分は何をしてたんだろうとったら……駅で10円玉を探してたんです」
女はさく笑った。
しそうな笑いではなかった。
いをかけて、ようやくその記憶をしれた所から見られるようになったの笑い方だった。
「馬鹿みたいでしょう」
「いや」
森田はすぐに首を振った。
「そんなことないですよ」
女は買い物籠の持ちを握り直した。
「だから、置いてるだけなんです」
「毎?」
「ええ」
「何も?」
女はし考えた。
それから、正確な数を数えるのをやめたように微笑んだ。
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「ずいぶんになりますね」
森田は元の10円玉を見た。
今まで何度も見てきた、ただの貨だった。
聞部よりもさな額。
子どもなら駄菓子を買うために使う程度のだった。
しかし女にとって、その枚には何もの記憶がなっていた。
「誰かが使ったか、気になりませんか?」
森田が聞いた。
「なりません」
女は迷わず答えた。
「誰が使ってもいいんです」
「子どもが拾うこともありますよ」
「それでもいいです」
「お菓子買って終わりかもしれない」
女はし笑った。
「それでもいいんですよ」
そして公衆話へもう度目を向けた。
「でも、もし本当に急いで話したいがここへ来たに、財布に10円がなかったら」
女はそこで言葉を止めた。
森田には、もう続きが分かった。
「その枚があれば、困らずに済む」
女は頷いた。
「学でも、会社員でもいいんです。族に話したいでもいい。誰だっていいんです」
何の自分のように、公衆話ので財布を何度も探すがいるかもしれない。
相へ伝えたいことがあるのに、たった枚の貨がないがいるかもしれない。
「枚あれば、誰かが困らずに済むかもしれないでしょう」
それだけだった。
森田は何も返せなかった。
派なことを言おうとすると、かえって女の気持ちかられてしまう気がした。
女も、それ以説しなかった。
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「じゃあ」
軽くをげると、駅のを歩き始めた。
森田は呼び止めなかった。
名も聞かなかった。
そのからも、彼女は森田にとって名のない女のままだった。
ただつ。
毎25の朝に10円玉を置く理由だけを、森田はることになった。
次の25。
森田はいつも通り朝のをけた。
公衆話の横には、10円玉が置かれていた。
女の姿はもうなかった。
森田はその貨を眺めながら、のに聞いた話をいした。
以なら、誰かが拾うたびにし気になった。
学がってくれば、「触るな」と叱った。
その10円玉に何か切ながあることだけはじていたからだ。
しかし今は、そのをっている。
学へ向かう子どもたちがやって来た。
「ある!」
先のが叫んだ。
「今もあるぞ」
別の子どもがを伸ばそうとした。
森田は聞を畳みながら声をかけた。
「持っていってもいいぞ」
子どもたちが驚いて振り返った。
「いいの?」
「は駄目って言ったじゃん」
「持っていくなとは言わん」
森田はそこでし考えた。
女は、子どもがお菓子を買うために使っても構わないと言っていた。
だから本当なら、何も条件をつけなくてもいい。
それでも森田は言だけ伝えたかった。
「ただな」
子どもたちが森田を見る。
「本当に話したいまで、持っておけよ」
「話?」
「そうだ」
はのの10円玉を見た。
「誰に?」
「それは自分で決めろ」
子どもたちはが分かったのか分からないのか、顔を見わせた。
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