"母に届かなかった10円" 第8話
やがて1が10円玉をポケットへしまい、学へっていった。
森田はその背を見送った。
その10円が本当に話へ使われたかどうかはらない。
帰りに菓子を買ったかもしれない。
友達へ渡したかもしれない。
の貯箱へ入れたかもしれない。
それでもよかった。
女自がそう言っていた。
それから森田は、25に子どもたちが10円玉を探しに来ても以のようには叱らなくなった。
ただ々、同じ言葉を言った。
「急いで話したくなるがあるかもしれんからな」
子どもたちは笑った。
当の子どもにとって、公衆話は珍しいものではなかった。
駅にもある。
のにもある。
に話がある子もい。
しかしで何かあったに族へ連絡するには、公衆話へ駆け込むしかなかった。
遅くなる。
迎えに来てほしい。
事故に遭った。
急に具が悪くなった。
そして、切なから急いで連絡を求められた。
話をかけられるかどうかを決めるものが、ポケットのの10円玉枚であることは珍しくなかった。
女の10円玉は、そのも毎置かれた。
になると、公衆話のガラスに朝が反射した。
になると、駅へ向かう々のが軽くなった。
には落ち葉が話ボックスの元へ集まり、またにはたいが吹いた。
季節が変わっても、25の朝だけは変わらなかった。
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枚の10円玉。
それだけだった。
森田は女と顔をわせることがあっても、もう理由について聞かなかった。
女も、自分から母の話をすることはなかった。
朝のですれ違えば、軽く会釈する程度だった。
秘密を共したからといって、急に親しい柄になったわけではない。
むしろ森田は、それでよいとっていた。
あの話は、に広めるための話ではなかった。
女が何も誰にも話さなかったことを、自分が面い話としてへ伝える気にはなれなかった。
駅で「どうして毎10円があるんだろう」と誰かが話していても、森田はらない顔をした。
「さあな」
それだけで済ませた。
理由をっているのは、おそらく自分だけだった。
そして理由をらないまま使うことにこそ、あの10円玉のがあるようにもえた。
それからも毎25、公衆話のそばには10円玉が枚置かれ続けた。
朝番に見つけるのが会社員のもあった。
学が拾うもあった。
いそのまま残ることもあった。
誰かがその10円玉を使って族へ話をかけたのかどうか、記録は残っていない。
その枚によって、切ならせがにったがいたのか。
待っている誰かへ声を届けられたがいたのか。
が変わったがいたのか。
何も分からない。
もしかすると、そんなげさなことは度も起こらなかったのかもしれない。
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ほとんどの10円玉は、子どものポケットへ入っただけだったかもしれない。
誰かの財布のでの貨と混ざり、そのまま何に使われたのか分からなくなったかもしれない。
それでも女は、毎置くのをやめなかった。
枚。
それ以でも、それ以でもなかった。
森田は々考えた。
女が本当に置いているのは、10円玉なのだろうか、と。
貨そのものだけを見れば、何でもない。
誰の財布にも入っている。
へ落としても、気づかず歩いていくさえいるようなさなだった。
けれど、その枚の裏側には、昭30代の終わり頃の夕方があった。
若い女が裁からびした。
母が倒れたという報を握って駅へった。
公衆話ので財布をいた。
幣はある。
賃もある。
ただ、10円玉だけがない。
売へった。
駅員へ頼んだ。
混みので待った。
ようやくに入れた枚を握り、公衆話へ戻った。
実の番号を回した。
そして受話器の向こうで、姉が泣いていた。
母はつい先ほどくなった。
最まで娘の名を呼んでいた。
その言葉が、何経っても女のから消えなかった。
10円玉があれば助けられた、などとは女もっていない。
母の最期ににったとも限らない。
数分く話をかけたところで、何も変わらなかった能性もある。
ただ、それでも残るものがあった。
「あの10円があれば」
の悔とは、そういうものなのかもしれなかった。
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