"母に届かなかった10円" 第9話
本当の原因ではないと分かっている。
自分ではどうにもならなかったと分かっている。
それでも、あのこうしていれば、と考えてしまう。
が経てば消えるとっていた記憶が、何にも突然胸のへ戻ってくる。
女はその悔を、自分で抱えた。
母を失ったしみを誰かの責任にすることもなかった。
駅員を責めることも、両替をすぐしてくれなかったをむこともなかった。
ただ、自分と同じように公衆話のでち尽くすが、これから先どこかにいるかもしれないとった。
財布のに幣はあるのに、必な10円だけがない。
話の向こうでは、切なが待っている。
そんな瞬が来た。
話の横に枚あればいい。
そのは誰かへ両替を頼みにらなくて済む。
駅員を探さなくてもいい。
らないを呼び止める勇気をさなくてもいい。
ただその10円をに取り、受話器をげればいい。
「もしもし」
たったその言を、数分く届けられる。
女が願っていたのは、それだけだった。
昭という代には、枚の10円玉がなければ、切なに声を届けられない夜が本当にあった。
をれば、族とは簡単につながれなかった。
相がどこにいるのかも分からない。
話のある所を探し、貨を用し、番号を回して、ようやく声が届く。
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今ならわずかなにえる数分が、そのには果てしなくくじられることもあった。
森田は25の朝になると、公衆話の横へ自然と目を向けるようになった。
10円玉があれば、それを見てしした。
今も女は来たのだ。
それだけでよかった。
ある、学の1が森田に聞いた。
「おじさん、これ誰が置いてるかってる?」
森田は聞を畳みながら、しだけ笑った。
「らんよ」
「ほんとに?」
「本当だ」
は疑わしそうな顔をした。
「じゃあ何のため?」
森田は答えようとして、やめた。
それは自分が教えることではないとった。
「必なやつが使えばいいんじゃないか」
そう言うと、は10円玉をもう度見た。
そのは誰も拾わず、朝のずっと公衆話の横に残っていた。
昼くになり、森田が客へ聞を渡している、1のが話ボックスへ入った。
誰なのかまでは見なかった。
気づいたには、10円玉はなくなっていた。
話に使われたのかどうかも分からない。
森田は確かめなかった。
それでいいとった。
女もきっと、確かめないだろう。
自分が置いた10円玉が誰のへ渡ったかをらないまま、翌になればまた枚持ってくる。
名もらない誰かのために。
森田はあるの朝に聞いた言葉をいした。
「枚あれば、誰かが困らずに済むかもしれないでしょう」
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女は、自分が誰かを救おうとしているとは言わなかった。
切なことをしたともっていなかった。
ただ、自分がわった悔を、らない誰かには残してほしくなかった。
母の最の声を聞けなかったかもしれないという記憶。
たった10円がなかったために、駅をり回った。
何過ぎても消えなかった「あの」という言葉。
それを誰かへ語る代わりに、女は毎枚の貨を置いた。
説もかなかった。
名も残さなかった。
謝されることも求めなかった。
公衆話を使う必があるが、その枚を見つければいい。
そして必がなければ、誰かが持っていけばいい。
その程度のさな願いだった。
けれど、森田にとって10円玉は、以と同じものには見えなくなっていた。
以なら財布ので何枚あるかも気にしなかった貨だった。
今は、その枚がととのに声を通すものに見えた。
くれた族へ。
待っている誰かへ。
今すぐ伝えなければならない言葉へ。
やがて代は変わっていく。
話の形も、駅の景も、連絡の方法もしずつ変わる。
けれど昭55のその駅では、毎25の朝になると、公衆話の横に枚の10円玉が置かれていた。
それを誰が使ったのか。
どんな話がかけられたのか。
誰にも分からない。
もしかすると、何も起きなかったのかもしれない。
それでも、枚の10円玉がそこにあることで、誰かは「話できない」という数分を失わずに済んだかもしれない。
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