"余ったパンの嘘" 第3話
られるかもしれない。
男子がそうった、はし困ったような笑い方をした。
「腹いっぱいなんだよ」
それだけだった。
男子はさらに聞いた。
「毎?」
「まあな」
「じゃあ、でべるの?」
はパンをへ包みながら答えた。
「捨てたらもったいないだろ」
子どもたちは、それ以聞けなかった。
はいつものように革鞄をき、包んだパンをへ入れた。それから何事もなかったようにの片づけを始めた。
「ほら、べ終わったやつは片づけろ。午の授業に遅れるぞ」
教に音が戻った。
けれど子どもたちの疑問は消えなかった。
むしろきくなった。
「腹いっぱい」という説なら、々持ち帰るのは分かる。
しかし毎同じように腹いっぱいになるだろうか。
しかも牛乳とおかずはべている。
パンだけ毎回きれいに残る。
昼休みになると、さっき質問した男子の周りに何かが集まった。
「やっぱり変だよな」
「絶対、でべてないよ」
「じゃあ誰かにやってるんじゃない?」
「誰に?」
誰も答えられなかった。
先の族について、子どもたちはほとんどらなかった。学のでがどんな活をしているのかも、考えたことがなかった。
毎朝学へ来て、授業をして、放課になれば職員へ戻る。
児童にとって教師とは、学にいるだった。
へ帰ったの先というものを、像したことさえない子がかった。
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それからもパンは毎革鞄へ入った。
のには、は鞄を濡らさないよう胸のくへ抱えて帰った。
のいには、自転の荷台へしっかり括りつけていた。
その様子を舎の窓から見た児童もいた。
「やっぱり事に持って帰ってる」
その言が、またしい疑問をんだ。
べ残しなら、そこまで切にする必はないのではないか。
誰かのために持って帰っているのではないか。
だとすれば誰なのか。
子どもたちので、の放課を確かめてみたいという気持ちがしずつくなっていった。
それでも、その頃はまだ冗談の延だった。
先のをつける。
そんなことを本当にするつもりの者はいなかった。
季節はんだ。
庭のの葉がしずつ落ち、朝の空気がたくなった。教の炭ストーブが本格に使われるようになると、窓ガラスの内側がく曇るも増えた。
昭4311。
が落ちるが急にくなり、放課にはもう夕方のが町へ広がるようになった。
その頃には、がパンを持ち帰るを誰も珍しがらなくなっていた。
ただ、3の男子だけは違った。
毎同じ景を見るたび、どうしても答えがりたくなった。
あるの休み、3は廊の端に集まった。
「今さ」
1が声を潜めた。
「先のあと、ついてみない?」
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の2はすぐには答えなかった。
悪いことをしているような気もした。
けれど気になった。
毎、先の鞄へ消えていくパン。
そのき先を、どうしても見てみたかった。
3は放課まで、その計画についてほとんどにしなかった。
授業にを見るたび、これから自分たちがその先のをつけるのだとうと、なぜか落ち着かなかった。
は何もらない。
午の授業でも普段通り黒板へ文字をき、子どもたちに教科を読ませた。
最の授業が終わる頃、窓のではいが夕方のへ変わり始めていた。
「今はここまで」
が教科を閉じた。
「掃除をしてから帰れよ。寄りするな」
その言葉を聞いて、3は互いに顔を見わせた。
これから自分たちは、まさに寄りをしようとしている。
掃除が終わると、子どもたちは次々にをていった。
3はすぐには帰らず、舎のでを潰した。鞄を持ったまま何度も職員の方を気にしながら、がてくるのを待った。
たいが庭を横切った。
「まだかな」
1が声で言った。
「帰ったんじゃない?」
「自転あるよ」
舎裏の自転置きには、の黒い自転が残っていた。
やがて職員玄関の戸がいた。
がてきた。
片にはいつもの古びた革鞄があった。
3は慌てて物へ隠れた。
は周囲を気にする様子もなく舎裏へ回り、黒い自転を引きした。
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