"余ったパンの嘘" 第7話
川敷で何を見たかは言わなかった。
健の名もさなかった。
議なことに、もそれを守った。
ある、本当に体調が悪くてパンをほとんどべられなかった児童がいた。
が終わる頃、その子は困った顔でパンを見ていた。
「無理してべなくていい」
が言った。
「残す?」
子どもが尋ねると、はし考えた。
「べられないならな」
そのパンも、最には革鞄へ入った。
また別の。
昼に何かべてきたのか、いつもより欲のない児童が半分残した。
それも緒に包まれた。
毎ではなかった。
何も残らないもかった。
そんなはが自分のパンだけを鞄へ入れた。
誰かがたくさん残すようになったわけでもない。
が子どもたちへ「残してくれ」と頼むこともなかった。
教ではただ、本当にべきれないパンがあるだけ、それが捨てられずに残るようになった。
そのき先を、全員がっていたわけではない。
けれど3はっていた。
そして3は、その秘密を広めようとはしなかった。
子どもというのは、面い秘密ならすぐ誰かへ話したくなる。
先が失敗した話。
誰かがられた話。
誰と誰が喧嘩したという話。
そうしたことなら、そののうちに教全体へ伝わった。
しかしと健のことだけは違った。
何となく、話してはいけないとった。
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「先、毎健にパン持ってってるんだぞ」
そう言えば、皆は驚くだろう。
「かわいそうだな」
と言う子もるかもしれない。
「健の、そんなに貧しいの?」
そんな言葉もるかもしれない。
3は川敷で見た健の顔をいした。
からパンを差しされても、すぐ受け取らなかった。
「本当に余ったの?」
何度も確かめた。
あの表をいすと、学でその話を広げる気にはなれなかった。
先が「余った」と言った理由も、しずつ理解できるようになっていた。
パンを渡すだけなら簡単だった。
「おのは困っているから、これをべろ」
そう言えば済む。
けれどは言わなかった。
毎自分がべずに持ってきているとも言わない。
健の父親が病気で働けなくなったことにも触れない。
ただ、
「余ったから」
と言った。
その言葉によって、健は「助けられるだけの子」にならずに済んでいた。
捨てられるものを受け取るだけ。
先が困っているから片づけを伝うようなもの。
なくとも健がそうえる形を、は残していた。
5の子どもたちは、それを派な言葉で説することはできなかった。
「自尊」や「尊厳」という言葉をっていた子がいたとしても、この来事と結びつけて考えることは難しかっただろう。
ただ覚として分かっていた。
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先が切にしているのは、パンだけではない。
パンを受け取る健の気持ちも、緒に守ろうとしている。
だから自分たちも名を言わなかった。
誰も「かわいそう」と言わなかった。
それがのしていたことに番いようにえたからだった。
11の終わりがづくにつれて、朝の寒さは厳しくなった。
庭へるとい息が見えるもあり、子どもたちは登すると炭ストーブの周囲へ集まった。袋をして両をかざしながら、昨見たテレビやでの来事を話した。
はしれた教卓で席簿をいていた。
教の景は以と変わらない。
ただ3の男子にとって、のだけはし違って見えるようになっていた。
パンが配られる。
のにも1本置かれる。
先はやはりべない。
へ包み、革鞄へ入れる。
そのを見ても、もう誰も笑わなかった。
以なら、
「また先、持って帰ってる」
と声で言っていた3も、今は何も言わず自分のをべた。
々パンが残った。
1本のもあれば、半分だけのもあった。
全く残らないもある。
はそれを特別扱いしなかった。
「今は余ったから持っていくぞ」
などと説することもなかった。
ただの片づけをしながら、残ったものをに包む。
その静かなやり方が続いた。
3には、放課のの姿が像できた。
黒い自転。
荷台の革鞄。
の並ぶ。
砂利。
川敷の番奥にあるさな。
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