"赤いバイクと最後の新聞" 第1話
昭50の、岐阜県のあいにあるノ分は、朝7を過ぎてもまだい青のかりに包まれていた。の斜面に沿って建てられた造平の舎は古く、根には昨夜からり続いたがく積もり、軒先には細いつららが何本も垂れがっていた。
舎には教が2つしかなかった。かつては30を超える子どもたちが通い、廊をる音や笑い声が絶えなかったというが、この、ここへ通っている児童はわずか3になっていた。
6が1、そのに2。
先はで複数の学を受け持ち、同じ教ので、それぞれ違う教科をかせながら授業をめていた。黒板の側では6の算数、側では級の国語という具で、慣れないが見れば議な景だったが、3にとってはそれが当たりの常だった。
になると、授業より先にやらなければならない仕事があった。
朝く登した先が油ストーブへをつけ、凍った雑巾をぬるま湯で戻す。子どもたちはのついた靴を玄関で何度も叩き、教へ入るとすぐストーブの周りへ集まった。
「今も寒いなあ」
6のが両を炎の方へ向けると、先が窓の隙へ詰めた聞を指した。
「そこ、また取れてるでしょう。あとで貼り直さないと」
古い枠の窓はし歪んでおり、いが吹くたび、細い隙から気が入り込んだ。
広告
のいは窓ガラスがかたかたと震え、教科のページまでめくれるほどだった。
を運ぶも、このまでは来なかった。
昼になると、3はから持ってきたアルマイトの弁当箱をストーブのへ並べた。たく固くなったご飯がしずつ温まり、教には噌や焼き魚、漬物の匂いが漂った。
決して便利な学ではなかった。
けれど3にとっては、自分たちの学だった。
そして、そんなさな学にも、毎朝必ず届くものがつあった。
午8がづくと、6のは授業の準備をしながら何度も窓のを見た。
の向こうから、ごくさな音が聞こえてくる。
最初はと区別できないほどい。
やがて、
ブブブブ……。
いエンジン音がに響き始めた。
「あ、来た!」
級のが窓へ駆け寄った。
先がすぐに注した。
「廊はらない」
「でも田所さん来たよ!」
のカーブを曲がり、赤い郵便配達用のバイクが現れた。
乗っているのは、の郵便局に勤める田所信だった。59歳で、若い頃からいこの辺りの配達を担当しており、のどこにどのがあるのか、誰にどんなが届くのかまでに入っているような男だった。
のいは、バイクの輪にチェーンを巻いていた。
それでも坂では何度もタイヤが滑る。
田所はを面へつき、にはバイクを押しながら坂をがってきた。
広告
玄関のへ着くと、肩や子についたを払う。
「おはよう」
「おはようございます」
先が玄関へる。
田所は配達袋から数通の郵便物をし、その番に折りたたんだ子ども向けの聞を乗せた。
「今はで祭りだってさ」
その言葉を聞いただけで、3の目が聞へ向いた。
「祭り?」
「で何作るの?」
「きなが載ってるぞ。あとで先に見せてもらいな」
聞を先へ渡すと、田所は居しなかった。
まだのには何軒もの配達先が残っている。
「じゃあな。勉しろよ」
そう言って赤いバイクへ戻る。
子どもたちは窓に並び、田所がをっていくのを見送った。
そのあと授業が始まるまでのわずかな、先は聞を机のへ広げた。
面にはの像の写真が載っていた。
「こんなの、本当にだけで作るの?」
級が驚いた。
「はもっとがいんだって」
「ここより?」
「ここよりずっとだからな」
6のは図帳をき、本列島のの方を指でなぞった。
彼らのからまでは、あまりにもかった。
誰もったことがない。
県境のへたことさえない子どももいた。
それでも聞をけば、そこには自分たちのらないがあった。
京をる。
物園でまれた赤ん坊。
プロ野球選。
国の統領。
の向こうで起きた来事。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
白いハンカチの約束
昭和47年、東京郊外の団地。 3号棟の4階に住む老夫婦は、毎朝7時になると、ベランダに真っ白なハンカチを一枚だけ出していた。 洗濯物を干さない日も、雨が降りそうな日も、そのハンカチだけは必ず揺れている。近所の子どもたちは不思議がり、「誰かへの合図ではないか」と噂した。 けれど、その白い布を毎朝じっと見つめていたのは、向かいの棟で一人暮らしをする老女だった。 ある冬の朝、いつもの時間になっても白いハンカチが出なかった。 ただそれだけの異変に、老女は胸騒ぎを覚え、急いで部屋を飛び出す。 電話もない時代、近すぎず、遠すぎず、互いの暮らしをそっと見守っていた人たち。 一枚の白いハンカチに込められていた、昭和の団地の小さな約束の物語。昭和1.4萬字5 13 -
完結第11話
余ったパンの嘘
昭和43年、東京近郊の古い木造小学校。 5年生の担任・村上昭一には、子どもたちが気になって仕方ない習慣があった。給食の時間になると、牛乳とおかずは食べるのに、コッペパンだけは毎日ほとんど口にしない。そしてそれを紙に包み、古びた革鞄の中へそっとしまうのだ。 「先生、今日も持って帰るの?」 子どもたちが尋ねても、村上はただ「腹いっぱいなんだよ」と笑うだけだった。 けれど、毎日続くその行動には、誰にも言えない理由があった。 ある放課後、どうしても気になった3人の男子は、先生の後をつけることにする。黒い自転車で工場町を抜け、川沿いの砂利道を進んだ先にあったのは、河川敷に建つ小さな家だった。 そこで子どもたちは、先生がなぜ「余った」と言い続けていたのかを知る。 1本のコッペパンに込められていたのは、ただの親切ではなかった。相手の誇りまで守ろうとした、静かな優しさだった。昭和1.6萬字5 915 -
完結第11話
母に届かなかった10円
昭和55年、駅前の公衆電話の横に、毎月25日だけ10円玉が一枚置かれるようになった。 落とし物にしては場所が不自然で、誰が置いているのかも分からない。新聞売りの森田は、毎月同じ日に現れるその小さな硬貨を不思議に思い、やがて駅前の子どもたちもそれを「10円の日」と呼ぶようになる。 そんなある冬の朝、森田はついに10円玉を置く女性の姿を見つける。 なぜ彼女は、誰にも知られないように毎月10円玉を置き続けていたのか。 その理由は、何十年も前、たった一枚の10円玉がなかったためにかけられなかった「あの日の電話」に隠されていた――。昭和|親子関係1.6萬字5 301 -
完結第10話
売らなかった紙
昭和48年、オイルショックの不安が日本中を包み、商店街から次々と日用品が消えていった。 大阪の小さな乾物屋「丸福商店」にも、ある日、待ち望まれていたトイレットペーパーが入荷する。店先にはたちまち人が集まり、誰もが一つでも多く手に入れようとした。 ところが店主・福田源蔵は、奥に在庫があるにもかかわらず、こう貼り出す。 「本日、トイレットペーパーは販売いたしません」 客たちは怒り、源蔵を責めた。値上げするつもりなのか、隠しているのか、商売人としてひどいのではないか――。長年の常連までもが、冷たい言葉を残して店を去っていく。 それでも源蔵は、最後まで売らなかった。 その夜、店のシャッターが下りた後、彼は誰にも言わず、自転車の荷台に白い包みを積み始める。 売らなかったのは、儲けるためではなかった。 あの夜、源蔵が本当に守ろうとしていたものは、棚の商品ではなく、この町に残る小さな信用だった。昭和1.5萬字5 1791