"赤いバイクと最後の新聞" 第8話
「俺のはの奥だった。子どものころは、このを越えた先に何があるかなんて、本当にらなかったんだ」
田所は窓を見た。
「ここから見えるのは、今も昔もばっかりだからな」
老のが、ゆっくり頷いた。
田所の話す代をっているだった。
田所がノ分へ通っていたころ、戦争が終わってまだそれほどは経っていなかった。
の暮らしは今よりずっと厳しかった。
べるものにも余裕はない。
着るものは兄や姉のおがり。
教科も切に使い、鉛は持てなくなるほどくなるまで削った。
田所のには本がほとんどなかった。
父親は仕事。
母親は畑と事。
聞を毎取る余裕もなかった。
世ので何が起きているかをる会は、今とは比べものにならないほどなかった。
そんなある。
学へ古い聞が置かれていた。
何かのものだった。
向けの聞で、子どもには難しい漢字がかった。
田所は、そこに載っていた写真を見た。
きな建物。
面をる。
で埋まった通り。
「先、ここどこ?」
先は聞を覗き込んだ。
「京だ」
「京ってこんなにがあるの?」
「あるよ」
「は?」
「所によっては見えない」
田所には、それが信じられなかった。
自分のでは、どちらを向いてもがある。
よりの方がい。
が見えない所があると言われても、像できなかった。
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別の。
聞には国の写真が載っていた。
見たことのない顔ちの々。
見たことのない建物。
の向こうの国。
「ここまで、どうやってくんですか」
「だな。これからはも増えるかもしれん」
「このからでもける?」
田所の質問に、先は笑わなかった。
「けるよ」
「本当に?」
「き方をって、く気があればな」
その、先が言った言葉を、田所は30く忘れなかった。
「のにんでいても、世界まで狭くなる必はない」
教に戻った現の田所は、そこで度言葉を止めた。
先も。
3の子どもたちも。
も黙って聞いていた。
「俺は結局、したところへったわけじゃない」
田所はし笑った。
「ずっとこの辺で郵便を配ってる」
誰かがさく笑う。
「でもな」
田所は3を見る。
「に何があるかってるのと、らないのは違う」
6のが聞へ目を落とした。
今の聞。
最のに届いた部。
「京のでも、野球でも、国でもいい。自分のらないものを見て、ってみたいとか、りたいとかう。それだけでも違うんだ」
級が聞いた。
「だから聞を買ってくれたの?」
田所はし照れたようにをこすった。
「まあな」
「学なくなるのに?」
「なくなるからだ」
田所は答えた。
「なくなるって決まったからって、そのから学じゃなくなるわけじゃない」
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川へ言ったのと同じ言葉だった。
「最のまでは学なんだ」
今度は皆にが伝わった。
「学なら聞がある。それでいいだろ」
6のが唇を噛んだ。
涙を見せたくないように俯く。
「俺、毎読んでた」
「ってる」
「も、京も、国も」
「ああ」
「本にっても聞読む」
田所は頷いた。
「そうしろ」
「いつか京く」
「けばいい」
「も見る」
「見ろ」
「国も?」
「それは自分で決めろ」
教にさな笑いが起こった。
先は目元を押さえながら笑っていた。
田所は特別なことをしたつもりはなかった。
聞代は、価なものではない。
毎数百円程度。
しかし問題は額ではなかった。
誰も頼まなくなったも。
学がなくなると決まったも。
のも。
最のまで。
田所は、そのさな教との世界をつなぐものを切らなかった。
閉式の記写真を撮ることになった。
3の子ども。
先。
保護者。
。
その端に田所もたされた。
「俺はいい」
「毎来てたんだから、学のみたいなものでしょう」
6のにそう言われ、断れなくなった。
シャッターが切られる。
田所はし居悪そうな顔で写った。
30ほど。
だった自分も、この舎ので写真を撮った。
そして今。
学最のにも同じ所にっている。
そのことが、田所にはし議だった。
閉式が終わったも、すぐには誰も帰ろうとしなかった。
たちは廊の写真を眺め、教の机へ触れ、昔話を続けていた。
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