"母が着続けた一枚の着物" 第10話
遺言のような言葉もなかった。
財産を残したわけでもなかった。
でも、本当に切なものは、言葉で残す必がないのかもしれない。
母はそのもので伝えていた。
切なを忘れないこと。
受け取った優しさを、次の誰かへ渡すこと。
そして、自分のを誰かのために使うこと。
それが母からの贈り物だった。
数。
美紀の孫娘が結婚するが来た。
式の、孫娘は美紀のを訪れた。
そして、桐箱のにある着物を見つめた。
「おばあちゃん、この着物……」
美紀は微笑んだ。
「あなたのおばあちゃんが、切にしていたものよ」
孫娘はそっと布に触れた。
「私、この着物のこともっとりたい」
その言葉を聞いた瞬、美紀の胸がいっぱいになった。
かつての自分とは違う。
古い物を見て、価値をろうとしている。
美紀はゆっくり話し始めた。
昭の代のこと。
祖母・子のこと。
節子という女性のこと。
枚の着物に込められた約束のこと。
孫娘は最まで黙って聞いていた。
そして、さな声で言った。
「素敵だね」
その言に、美紀は涙がこぼれそうになった。
昔、自分が言えなかった言葉。
母がきっと聞きたかった言葉。
何ものを越えて、ようやく届いたような気がした。
そのの正。
美紀は久しぶりに、その着物をにつけた。
鏡を見る。
そこには、自分の姿と同に、母の面がなって見えた。
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若い頃の子。
節子と笑っていた子。
娘の結婚式で静かに微笑んでいた子。
すべてのが、枚の着物のに残っていた。
美紀は空を見げた。
のたい空気ので、静かに息を吐く。
「お母さん」
ので語りかける。
「やっと分かったよ」
母がなぜ品の着物を買わなかったのか。
なぜ古い枚を守り続けたのか。
なぜ何も説しなかったのか。
全部、今なら分かる。
母は、過を守っていたのではない。
未来へ渡すものを守っていたのだ。
昭45。
母が絶対に品の着物を買わなかった理由。
それは、節約でもなかった。
貧しさでもなかった。
でもなかった。
枚の着物に込められた、親友との約束。
切ながきた証。
そして、誰かをい続ける。
それを守るためだった。
代が変わっても、のに残るものがある。
価な物ではない。
しい物でもない。
い、切にされてきたもの。
そこに込められた、のい。
子が残した枚の着物は、今も静かに族をつないでいる。
それはもう、ただの着物ではない。
昭という代をきた々の優しさと、忘れられない約束を伝える、さな記憶そのものだった。
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