"忘れられなかった一つの名前" 第3話
〈私は元気です。飯も分です〉
「そんな嘘をけば、帰ってからられるぞ」
「本当のことをいて配させるよりいい」
検閲があるため、どのみち戦況や飢えについて詳しくくことはできなかった。隆は本に言われたとおり、させる言葉だけを並べた。
昭20の、部隊へ撤退命令がた。連絡は途切れ、指揮官も失い、兵士たちは数の集団に分かれてを移した。
隆と本は、ほかの3と共に岸を目指した。迎えのが来るという噂があったが、確かな報ではなかった。
途で激しい攻撃を受け、5は散り散りになった。隆と本はへ逃げ込み、夜になるまで岩にを隠した。
2が持っていた料は、乾パンが2枚と塩だけだった。筒には、底が濡れるほどのしか残っていなかった。
季が終わったでは、が見つからなかった。川はく、へりれば敵に発見される危険があった。
本は脚に傷を負っていた。最初は歩けていたが、翌には傷が腫れ、をした。
「俺を置いていけ」
本が言っても、隆は肩を貸して歩かせた。自分が病気になったに背負ってもらったことを忘れていなかった。
「今度は俺の番だ」
「貸し借りを数えてるか。2とも帰れなくなるぞ」
「なら2で帰る」
隆は筒の蓋へ残りのを注ぎ、本の元へ運んだ。
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本は顔をそむけた。
「おがめ」
「半分ずつだ」
「半分にしたら、どっちもりない」
「でんでも同じだ」
隆が無理にませようとすると、本は筒をつかんだ。2のがぶつかり、わずかながへこぼれた。
隆は反射に面へを伸ばした。濡れたをすくおうとする姿を見て、本は力なく笑った。
「を惜しむ顔じゃないな。を落としたより必だ」
笑い終えると、本は軍の着からつのボタンを切り取った。裏側には、釘の先で引っかいた自分の名が刻まれていた。
物資のでが混ざることがく、本は支品へ自分の名を刻む癖があった。
「何をしてる」
「おに預ける」
「こんなものはいらない。自分で持って帰れ」
「もし俺が歩けなくなったら、これだけ持っていけ」
本はボタンを隆ののへ押し込んだ。
「俺がいたことを、忘れないでくれ」
隆はボタンを投げ返そうとした。しかし本は受け取らず、静が待っているおは必ず帰れと言った。
その夜、くで銃声が聞こえた。本のはさらにがり、識も途切れ始めた。
翌朝、本は隆が眠っているに姿を消した。の根元には、残っていた乾パンと、筒が置かれていた。
隆は何も周囲を捜した。しかし面は固く、跡は途で途絶えていた。
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敵から隆をざけるため、自分から別の方向へ歩いたのかもしれなかった。
それが、隆が本弘を見た最だった。
隆は筒とボタンを持ち、単独でを歩いた。何歩いたのか、になっても正確にはいせなかった。
空腹とで識がれ、の根元で眠っては、本に起こされるを見た。目を覚ますと誰もおらず、軍のポケットにあるボタンだけがく指へ触れた。
「おは帰れ」
のの本は何度も同じ言葉を繰り返した。
隆は岸くで別の部隊に保護された。栄養失調と染症で歩けない状態だったが、終戦、捕虜収容所を経て昭21に本へ帰還した。
港へりった、族を捜す々が名をいたを掲げていた。隆の両親は空襲でを失っていたがきており、静も無事だった。
静は痩せた隆を見つけると、最初は本だと分からなかった。名を呼ばれてづき、の眉にある古い傷を確かめてから、声をげて泣いた。
隆は抱きしめられても、すぐに腕を回せなかった。自分だけが温かい所へ戻ったことに、い罪悪を覚えた。
本には帰りを待つ族がいない。そう聞いていたため、消息を尋ねる者もいなかった。
隆は復員局や戦友会へ何度も問いわせた。本弘の名は戦没者としても、帰還者としても、すぐには確認されなかった。
所属部隊の記録が失われ、最の混乱で誰がどこにいたのか分からなくなっていた。
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