"忘れられなかった一つの名前" 第4話
「きているかもしれない」
隆はそう言って、帰還者名簿を探し続けた。のへもを送ったが、所は戦のもので、本をる者は見つからなかった。
静と結婚したも、隆は本の名を聞の尋ね欄へした。ない料から費用を払い、復員者が集まる所へを運んだ。
しかし力な報はなかった。
昭23、健がまれた。さな息子を腕へ抱いた、隆は本が残した言葉をいした。
族が待っているおは帰れ。
健のさをじるほど、本が自分へと料を残したが胸に迫った。びと同に、自分はの命を使ってこの子を抱いているのではないかといういが湧いた。
夜に健が泣くと、隆は誰よりく起きた。を沸かし、おむつを替え、仕事がある朝でも静へ休むよう言った。
「あなた、そんなに無理をしなくてもいいのよ」
「俺ができるにやる」
隆は父親として族を守ろうとした。しかし、その献の奥には本への返しきれない恩があった。
昭25、芳子がまれた。族が増え、仕事も忙しくなるにつれて、本を捜すは減っていった。
それでも毎、終戦のがづくと、隆は箱からボタンをした。錆を落とせば名が消えるため、布で表面を軽く拭うだけだった。
広告
「本、まだ捜しているからな」
族が眠った、隆はさく語りかけた。返事がないことをりながら、約束を守っていると伝え続けた。
しかしが過ぎるほど、隆は本の顔をはっきりいせなくなった。声や笑い方は残っていても、目元や輪郭が曖昧になっていった。
そのことを、隆は何より恐れていた。ボタンを捨てれば、最に残った名まで自分の記憶から消えてしまう気がした。
昭30代、本の暮らしは急速に変わっていった。佐藤にも気蔵庫が入り、所のは舗装され、駅にはスーパーマーケットがした。
健はへ学し、械や気の技術を学んだ。父のようにつので涯働くより、しい会社へ入り、自分の力で豊かな活をに入れたいと考えていた。
隆は息子の学をび、残業を増やして学費を払った。しかし健と父の会話は、成するにつれてなくなった。
「昔はこうだった」と話すを、健は代に取り残されただとっていた。隆がべ物やを無駄にすることへ厳しいのも、戦争の貧しさを族へ押しつけているようにじた。
3の、健は阪に本社を置く会社から内定を得た。卒業は京をれ、社員寮へ入ることになった。
静は寂しがったが、隆はく「自分で選んだなら、しっかりやれ」
広告
と言っただけだった。
発の夜、健は押し入れの箱を見つけた。昭32に父と争ってから、度も触れていなかった。
「まだ持っていたのか」
わずにすると、背に隆がっていた。
「勝に触るなと言っただろう」
「もう子供じゃない。誰のボタンかくらい教えてくれてもいいだろ」
隆は箱を健のから取りげた。
「おがる必はない」
「またそれか。父さんは族より、そのボタンの方が事なんじゃないのか」
「そんなことは言っていない」
「僕たちには何も話さないくせに、らない誰かとの約束だけ守ってる。そんなの族と言えるのか」
隆の顔がこわばった。静が止めようとしたが、健はそれまで抱えていた満を吐きした。
「父さんが戦争で何をしたか、僕は何もらない。りたいと言えば子供には分からないと言う。だったら、いつになれば分かるんだよ」
隆はしばらく黙っていた。やがてボタンを箱へ戻し、押し入れへしまった。
「分からないままでいいこともある」
健は荷物を持ち、翌朝、父と言葉を交わさないままをた。
阪での活は忙しく、故郷へ戻るのは盆と正くらいになった。健は結婚し、子供をもうけ、父親と同じように族を養うになった。
隆は孫に会うと穏やかな表を見せたが、息子との会話は気や仕事の話で終わった。
ボタンについて話すことは度となかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
集団就職で東京へ出た姉は、名前を奪われた
「明日、全部話す。冬子たちは絶対にこの工場へ来ちゃ駄目」 昭和45年12月、東京の部品工場で働く姉・春江は、そう電話をかけてきた。 翌朝、姉は女子寮から姿を消した。 作業服も保険証も残したまま、編みかけの赤いマフラーには針が刺さっていた。 会社は、姉が貯蓄会の四十二万円を持ち出し、映写技師の男と逃げたと発表した。 父は姉から届いた手紙をすべて焼き、警察にも届けなかった。 冬子が灰の中から拾えたのは、最後の一行だけ。 《会社は、私たちの給料だけでなく、名前まで預かっている》 それから二十六年後、社会保険事務所から一通の照会状が届く。 亡くなった別の女性の年金記録に、姉と同じ指紋が使われていたのだ。 さらに死亡診断書には、その女性にはなかった身体的特徴が記されていた。 《右手人差し指、第一関節より欠損》 その傷を持っていたのは、失踪前の事故で指先を失った春江だった。時代|歴史|昭和2.3万字5 153 -
完結第13話
昭和20年、疎開列車から消えた弟の記録
「弟さんは、長野駅で列を離れ、そのまま戻りませんでした」 昭和20年9月、集団疎開から帰る子どもたちを上野駅で待っていた千代に、教師はそう告げた。 戻ってきたのは、11歳の弟・正一ではなく、小さな風呂敷包みだけ。 ところが同じ班の少年は、震えながら言った。 「正一は、長野駅まで来ていない」 疎開先の寺には、弟が毎日履いていた木靴も残されていた。 それでも学校の記録には、《長野駅で失踪》と書かれ、誰も千代の訴えを信じなかった。 そして38年後。 廃寺の床下から、公式記録とは別の「二冊目の学籍簿」が見つかる。 そこでは正一の名前が、帰京の前日に赤線で消されていた。 余白に残されていたのは、わずか一行。 《北沢製糸場へ移送》 さらに、11歳の弟を引き渡した書類の「保護者欄」には、千代が最も信じていた人物の署名が残されていた。時代|歴史|昭和1.5万字5 42 -
完結第13話
父が開けた祝儀袋
昭和35年、結婚披露宴の最中、恭子は父が祝儀袋を次々と開けている姿を目撃する。豪華な宴も嫁入り道具も、すべて借金で用意されていたのだ。しかも婚家からは、「あなたの結婚のための借金」と返済まで迫られてしまう。 誰が望み、誰が支払うべき金だったのか。恭子が費用を一つずつ調べると、借入額には披露宴だけでは説明できない差額が見つかる。やがて明らかになったのは、父が娘の結婚と祝儀を利用して隠そうとした、もう一つの借金だった。 「家族のため」という言葉の陰で、誰かの人生や金を勝手に使ってよいのか。見栄と古い家族観に抗い、自分たちの暮らしを取り戻そうとする一人の女性の物語。時代|歴史|昭和|親子関係1.9万字5 174 -
完結第10話
昭和51年、閉山した炭鉱町から消えた父
昭和51年、炭鉱が閉山した3日後、保安係だった父・修一が姿を消した。玄関には泥のついた長靴と作業帽が残され、母は「探さなくていい」と口を閉ざす。だが娘が父の作業着から見つけた紙片には、閉鎖された坑道の名と、謎の時刻が記されていた。 調べるほどに浮かび上がる、改ざんされた保安記録、帳簿から消された作業員、そして会社が隠そうとする閉山直前の事故。やがて坑道に残された録音から、父が誰かを救おうとしていた事実が明らかになる。しかし数十年後に届いた父の名札には、さらに不可解な言葉が刻まれていた。 「北の出口から出た。家へは戻れない」 父はなぜ、生きて坑内を出ながら家族のもとへ帰らなかったのか――。時代|歴史|昭和|ミステリー|真相1.5万字5 212 -
完結第14話
震災から半年ぶりに帰った家には、知らない家族が住んでいた
昭和45年、母は20年以上もの間、同じ古い着物を大切に着続けていた。 娘の美紀は、母がただ節約のために我慢しているだけだと思っていた。正月の日も、特別な日も、新しい服を選ばず、何度も繕われた一枚の着物を身につける母の姿を、少し寂しく感じていた。 しかし、母が亡くなった後、その古い着物の中から見つかった小さな刺繍が、美紀の知らなかった母の過去を呼び起こす。 戦後の苦しい時代を生き抜いた一人の女性が、なぜその着物だけを手放さなかったのか。 長い年月の中に隠されていた家族の記憶と、母が守り続けた想いが、少しずつ明らかになっていく――。時代|歴史|昭和2.1万字5 215 -
完結第14話
旅館に残された姉
「修平の合格通知は、お父さんに見せてはいけない」 昭和43年、母は長男の大学合格を三日間隠し、私に命じた。 「あなたが弟を連れて、入学手続きを済ませてきて」 父に逆らってでも弟の未来を守ろうとする母を、私は初めて頼もしいと思った。 けれど、その夜。 母が父へ放った一言で、私の喜びは消えた。 「芳子が残れば、旅館は何とかなります」 私は十五歳から五年間、厨房、掃除、配膳、帳場まで無給で働いてきた。 それでも両親にとっては、すべてただの「家の手伝い」。 弟には外へ出る道を作り、私にはその穴を埋めさせるつもりだった。 私は自分が担ってきた仕事と、代わりの人を雇った場合の人件費を一枚の紙へ書き出した。 「家族だからって、私の仕事がただになるの?」 父はその紙を丸めて捨てた。 一か月後、私は旅館を出た。そして数年後、経営に行き詰まった父が私を迎えに来た時、同じ紙をもう一度差し出した。時代|歴史|昭和2.1万字5 128 -
完結第13話
昭和39年、空の給料袋を盗んだ女
「テレビの裏を――」 警察車両に乗せられる直前、母は窓越しにそう口を動かした。 昭和39年、東京五輪の開会式で社宅食堂が沸く中、停電が発生。 そのわずか十二分間に、工員二十四人分の給料袋が消えた。 予備鍵を持っていた母・静江は逮捕され、途中から犯行を認めた。 しかし、総額七十四万円は一円も見つからなかった。 娘の弘美は「泥棒の娘」と呼ばれ、母と離されたまま三十一年を生きる。 そして平成7年、取り壊される社宅の白黒テレビの裏から、油紙の包みが落ちた。 中にあったのは、空の給料袋二十四枚と、同じ人数分の給与明細。 そのうち七人は、事件の二年前に工場事故で亡くなっていた。 なぜ会社は、亡くなった工員へ給料を払い続けていたのか。 明細を見せられた父は青ざめ、弘美にこう告げた。 「これ以上調べたら、お前まで戸籍を失う」時代|歴史|昭和2.3万字5 157 -
完結第11話
名門野球部で、僕らは声を失った
「3年は神、2年は平民、1年は虫けらだ」 昭和60年、甲子園を夢見て名門野球部へ入った15歳の実は、入寮初日にそう告げられた。 笑顔も私語も禁止。 練習中に水を飲むことさえ許されない。 喉の渇きに耐えきれず、実は便所に置かれた清掃用の泥水をすすった。 それでも辞めなかった。 ここで耐え抜けば、甲子園へ行けると信じていたからだ。 ところがある深夜、食堂から一本のマヨネーズが見つかり、1年生全員が呼び出された。 犯人として名乗り出た同期の胸元から、一枚の手紙が落ちる。 そこには、寮内で繰り返されてきた暴力と、密かに処理された負傷者たちの名前が記されていた。 少年はその夜、「反省室」へ連れていかれた。 そして翌朝、学校は彼の退学を発表したが――部屋に残された履物だけは、誰の手にも触れられていなかった。時代|歴史|昭和1.7万字5 152 -
完結第13話
昭和天皇がマッカーサーに告げた「責任」
「天皇は、自分の命を助けてほしいと頼みに来る」 昭和20年9月、マッカーサーはそう確信していた。 敗戦国の元首が、処刑を免れるために勝者へ頭を下げる。 その“命乞い”を聞くつもりで、赤坂の公邸へ昭和天皇を呼びつけたのだ。 だが会見が始まり、天皇が口にしたのは、自らの処遇についてではなかった。 「すべての責任は、私一人にあります」 さらに続いた言葉を通訳が英語へ訳した瞬間、マッカーサーの手から煙草の灰が落ちた。 予定された会見時間は十五分。 しかし扉が開いたのは、三十五分後だった。 入室前には「ヒロヒトさん」と呼んでいたマッカーサーが、帰り際には自ら車の扉を開け、「陛下」と呼んで見送ったという。 ところがその直後、二人の会話を記録したはずの公式文書が、GHQの保管庫から忽然と消えていた。 そこには、敗戦後の日本の運命を変えかねない“ある発言”が記されていた。時代|歴史|昭和2.0万字5 121 -
完結第12話
夫を亡くした翌日、社宅を追われました
夫の葬儀を終えた翌日、会社から一枚の紙を渡された。 《社宅は三十日以内に明け渡してください》 十二年暮らした家から、突然追い出されることになった紀子。 手元にあるのは千六百二十円。 残されたのは、三人の子どもと年老いた姑だった。 会社から社員食堂の仕事を紹介されるが、宿舎へ入れるのは幼い子ども二人だけ。 「俺が高校を諦めて働く」 十五歳の長男・正明はそう言ったが、紀子は決して認めなかった。 ところが退去期限まで、あと十七日となった夜。 正明が突然、見たこともない大金の入った封筒を持ち帰る。 「これで敷金が払える。みんな一緒に暮らせる」 その金は、正明が自分の未来と引き換えに受け取った「支度金」だった。 家族を救うためなら、子どもに人生を諦めさせてもよいのか。 家を失った母が選んだのは、五人で暮らすことでも、息子の犠牲を受け入れることでもなかった――。時代|歴史|昭和1.7万字5 142