"銀行員の妻も列に並んだ日" 第1話
昭2421。
阪の朝は、まだ空がみきらないうちから騒がしかった。いつもなら魚が戸板をし、豆腐のラッパが響き始める頃だったが、そのは商のあちこちで、々が聞を広げながら声を潜めていた。
「またが休んだらしいで」
「昨までは丈夫言うとったやないか」
「うちの預はどうなるんや」
噂は商からへ、から町へと、晩で広がっていた。聞には、別のが休業に追い込まれたという記事がきく載り、のまで「うちは関係ない」と笑っていた者まで、通帳と印鑑をにをびしていた。
午8。
浪共栄のには、すでに100い預者が並んでいた。
列はの正面からの角を曲がり、隣の呉のまで伸びていた。誰も黙って待ってはいなかった。
「昨まで丈夫や言うてたやないか!」
「俺のを返せ!」
「全部ろすだけや! 何が悪い!」
まだの扉さえいていないのに、鳴り声がび交っていた。から来た者が列のさを見て青ざめ、さらにそのろへ並んでいく。
その列のにっていたのが、43歳の員、藤田清吉だった。
清吉は浪共栄に勤めて21になる。若い頃は納係として札束を数えるところから始まり、今では預係の主任を任されていた。
朝7に勤した、すでに支のには数がいた。
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支は玄関脇に清吉を呼び、声を落として命じた。
「藤田君、へてくれ」
「私がですか」
「君はい。顔をっている客もい。とにかく騒ぎをきくしないでくれ」
清吉はへた。
たい朝のが頬に当たった。
「皆さん、落ち着いてください!」
腹の底から声をした。
「当の預は全です! しましたら順番にお取り扱いいたします!」
方の男がすぐに鳴り返した。
「全なら、なんでこんなに並んどるんや!」
笑いとも声ともつかない声が広がった。
清吉は表を変えなかった。
「押さないでください。全員、順番にご案内します!」
朝から何度同じ言葉を言ったか、途から分からなくなった。
「預は全です」
「落ち着いてください」
「順番にお取り扱いいたします」
言葉だけを繰り返しているうち、のが乾いていった。
だが、本当は清吉自、その言葉を信じきれてはいなかった。
の夜。
閉の支には、主任以の員だけが集められていた。
机のには帳簿と報が何枚も並べられ、誰も茶にをつけようとしなかった。支は普段より回り老けたような顔で、数字の並んだを見つめていた。
「今で、現が予以にた」
その言で、部の空気がさらにくなった。
「も同じだけ払い戻しが続けば、持たん」
誰も声をさなかった。
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庫に現がまったくないわけではない。しかし、は預者から預かったを、そのまま全部庫へ積んでいるわけではなかった。
商へ貸し、へ貸し、会社へ貸す。そのが町のを回り、商売をかしている。
ところが全員が同じに、
「自分のを返してくれ」
と押しかければ、話は変わる。
支は額の汗を拭った。
「本から追加資が来る保証はない。も現を欲しがっとる」
「ではは……」
誰かが言いかけた。
支はすぐにをげた。
「では絶対にをにするな」
全員の顔を見回した。
「でも員が『危ない』と言えば、それだけで預者は倍になる。族にも余計なことは言うな」
つまりを守るためには、員自がを信じているように見せなければならない。
清吉はその夜、何もらない顔でへ帰った。
そして今、ので叫んでいた。
「預は全です!」
そのだった。
列のほどに、見覚えのあるの羽織が見えた。
清吉の声が止まった。
30ほど先。
柄な女が、両で通帳を握っていた。
妻のだった。
瞬、別であってくれとった。
しかしもこちらを見た。
の目がった。
は驚かなかった。
逃げもしなかった。
列からようともせず、ただ通帳を胸のに抱いたままっていた。
清吉はゆっくりと顔をへ戻した。
「皆さん、押さないでください!」
声がし掠れた。
自分の妻まで、ここへ来ている。
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