"銀行員の妻も列に並んだ日" 第2話
その事実が、朝から何度もにしてきた「全です」という言葉を、急にいのようにじさせた。
午9、の扉がいた。
入に並んでいた々が斉にへき、警備役の員たちが慌てて腕を広げた。
「押さないでください!」
「順番です!」
「番号札をお取りください!」
しかし、客たちには番号札などほとんどを持たなかった。
誰もが刻もく窓へきたかった。
内に入った者は井を見げる余裕もなく、受付へ通帳を突きした。
「全部や」
「こちらも全部」
「定期も解約してくれ」
窓の若い員たちは、何度も庫係へ目を向けた。
通常なら数かに度あるかないかという額の払い戻しが、次々に続いていた。
清吉はしばらく入にち、客をなだめていた。
の列はくなるどころか、さらに伸びている。
商を閉めて来た男。
赤ん坊を背負った母親。
杖をついた老。
の作業着のまま来た若者。
誰もが同じ顔をしていた。
自分の番まで現が残っているのか。
それだけを気にしている顔だった。
昼、清吉は内へ戻された。
「主任、窓へ入ってください」
若い員の顔は青ざめていた。
「は?」
「別の者をします」
清吉は着を脱ぎ、いつもの席へ座った。
普段なら客にをげ、額を確認し、ゆっくりと通帳へ記帳する。しかし今は、客の指先まで震えていた。
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「全部ろしたい」
「かしこまりました」
「本当に全部せるんやろな」
「順番にお取り扱いしております」
それ以のことは言えなかった。
午だけで何が全額を引きしたのか、分からなくなった。
を受け取った客がをるたび、の列から声ががった。
「ろせたんか?」
「ああ、全部もらえた!」
その返事を聞けばするはずだった。
だが実際には逆だった。
「まだせるらしいぞ」
「急がんと先になくなる!」
列がさらにざわつく。
清吉はその景を窓越しに見ながら、初めてはっきり理解した。
は、庫ののだけでっているのではない。
皆が、
「も返してもらえる」
とっているだけ成りっている。
が疑えば、まだ何とかなる。
10が疑えば、ざわめきになる。
100が同じに疑えば、たとえ昨まで普通に営業していたでも、扉のに列ができる。
昼休みなどなかった。
員たちは交代でえた握り飯をへ入れ、すぐに窓へ戻った。
午1を回る頃、若い員の森田が清吉のそばへ寄ってきた。
「主任」
声だった。
「あと、どれくらい持つんでしょう」
清吉は元の通帳から目をげなかった。
「余計なことを考えるな」
「でも……」
「窓では顔にすな」
それは昨夜、支から言われた言葉と同じだった。
森田は唇を結び、自分の席へ戻った。
清吉は胸の奥にいものをじた。
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若い員に「を見せるな」と言っている自分と、昨の支は何も違わない。
それでもに方法がなかった。
午2を過ぎた。
窓の向こうに並んでいる客の顔を順番に見ていた清吉は、やがての羽織がづいてくるのに気づいた。
だった。
朝に目がってから、何も列をれずに待っていたらしい。
は疲れた表をしていた。
それでも通帳を握るは緩めていなかった。
清吉は度だけ目を伏せた。
妻が自分の窓へ来ないでくれればいい。
隣の窓へってくれれば、なくともで話さずに済む。
しかし、客の流れは変えられなかった。
の客がきな呂敷包みを抱えてちった。
そして次の通帳が差しされた。
清吉は受け取った。
表をいた瞬、が止まった。
「藤田清吉」
自分名義の通帳だった。
族が数かけて貯めてきたが入っている。
女・芳子の女学学のための。
男を商業学へ通わせるために残している分。
漏りを始めたの根を直すための。
急な病気や葬式があったのための。
つつ、と相談しながら貯めてきたものだった。
清吉は顔をげた。
窓の向こうでが見ている。
「いくらだ」
の客に聞こえないよう、さな声で尋ねた。
は迷わなかった。
「全部」
清吉の指が止まった。
ろで類を運んでいた若い員が、こちらを見た。
「主任?」
清吉は通帳を閉じた。
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