"銀行員の妻も列に並んだ日" 第6話
も、もう清吉に「今は丈夫なの」とは聞かなかった。
ある夕方。
清吉が仕事から戻ると、12歳の女・芳子が茶ので帳面をいていた。
算術の宿題らしく、鉛を握ったまま何度も数字をき直している。
清吉は着を脱ぎながら声をかけた。
「難しいか」
「ううん」
芳子は答えたが、すぐに鉛を置いた。
「お父ちゃん」
「何や」
「って、おを預けるところでしょう?」
清吉はし構えた。
「ああ」
「じゃあ、みんなのおがにあるのに、どうして返せなくなるの?」
清吉は黙った。
学でも今回の騒ぎが話題になっているのだろう。
所の子どもたちも、親から何か聞いているに違いない。
「全部を庫に置いとるわけやないからや」
清吉は娘の向かいに座った。
「預かったを、商売をするや会社に貸す」
芳子は首を傾げた。
「貸しちゃうの?」
「ああ」
「のおなのに?」
「ただ貸すんやない。借りたは商売をして、あとで返す。その利息でも仕事をする」
芳子はしばらく考えた。
「じゃあ私が10円預けても、その10円はにないかもしれないの?」
「そのまま同じ10円が置いてあるとは限らん」
「でも返してって言ったら返してくれるんでしょう?」
「普通はな」
「じゃあ、みんなが緒に返してって言ったら?」
清吉は苦笑した。
「このみたいになる」
芳子はようやくし分かったようだった。
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清吉は畳のへ指で線を引くようにしながら説した。
にを預けるがいる。
そのを借りて商売するがいる。
商売が続けばは戻ってくる。
だから普段なら、預をろすが来てもは払える。
だが全員が同じに現を欲しがれば、貸したまでそのに戻すことはできない。
「でも、それって変やね」
芳子が言った。
「何がや」
「みんなのおがちゃんとあるのに、みんなが返してって言うと返せないんでしょう?」
「そういうことになるな」
芳子は鉛を転がした。
「だったらは、おじゃなくて何を預かってるの?」
清吉は答えようとして、止まった。
。
通帳。
預。
それらは全部、目に見える。
しかしを本当にかしているものは、それだけではない。
昨預けたをも返してもらえる。
あのに貸したはいつか戻ってくる。
は突然なくならない。
窓のは約束を守る。
誰もがそうっているから、という仕組みはく。
清吉はい考えた。
そして答えた。
「信用や」
芳子が首を傾げた。
「信用?」
「ああ」
清吉はもう度言った。
「が、を信じる気持ちや」
「それをが預かるの?」
「そうやとう」
芳子はまだ完全には分かっていない顔だった。
それでも帳面の端に、さく「信用」といた。
その文字を見て、清吉は妙な気持ちになった。
21に勤めてきた自分が、12歳の娘に聞かれて初めて言葉にしたことだった。
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その夜、が洗い物をしながら言った。
「芳子に何を教えてたの?」
「の話や」
「また難しいことを」
「俺より、あの子の方が分かっとるかもしれん」
が振り返った。
清吉は笑わなかった。
「が何を預かってるのかって聞かれた」
「何て答えたの」
「信用や」
はし考えた。
「じゃあ、このなくなりかけたのはおじゃなかったのね」
清吉は妻を見た。
「ああ」
は再び洗い物へ目を戻した。
「だったら、取り戻すのはがかかるね」
その言葉に、清吉は返事をしなかった。
なら数えられる。
帳簿なら計算できる。
だが度失った信用が、いつ戻ったのかを数字で測ることはできない。
そのことだけは、員である清吉にも分からなかった。
融界の混乱は、ある突然すべて終わったわけではなかった。
のから列が消えても、々の警戒はく残った。
以なら定期預を勧めれば、
「お願いします」
と通帳をした客が、今ではまず聞く。
「本当に丈夫なんやろな」
清吉はそのたび、度相の顔を見るようになった。
「絶対丈夫です」
以ならそう言っていたかもしれない。
だが、もう簡単には言わなかった。
「今の状況をご説します」
そう言って、分かる範囲を丁寧に話した。
若い員のには、そんな清吉を議にう者もいた。
「主任、もっとさせるように言った方がいいんじゃないですか」
森田がある尋ねた。
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