"帰ってきた長男に家はなかった" 第1話
昭21の、町にはまだ焼け跡の匂いが残っていた。駅の通りには根のなくなったや、黒く焦げた柱だけを残した建物が点々と並び、が吹くたびに乾いた埃がいがった。
それでも、その朝の駅にはくから勢のが集まっていた。誰もが線の向こうへ目を凝らし、くから汽笛が聞こえるたびにを乗りしていた。
夫を待つ妻がいた。息子を待つ母がいた。兄を待つ弟もいれば、父親の顔をほとんど覚えていない子どももいた。
10歳の正も、そのの1だった。
正は母の澄にを引かれながら、ホームの端にっていた。母のはいつもよりく、し汗ばんでいた。
「本当に父ちゃん、帰ってくるの?」
何度目か分からない問いを正がにすると、澄はを向いたまま頷いた。
「名簿に名があったんや。慎太郎さんの名が」
その声は落ち着いていたが、指先はさく震えていた。
正が最に父の慎太郎を見たのは、3だった。
昭18。
父は召集され、ので族に別れを告げた。は祖父の代から続くさな呉で、慎太郎は男として幼い頃から跡取りになることを決められていた。
征のも、父は最までのことを気にしていた。
「俺が帰るまで頼むぞ」
そう言って、弟の隆次の肩を叩いた。
当まだ独だった隆次は、「分かったよ」
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とく答えた。その言葉を聞いた慎太郎は、ようやくしたように笑い、それから正のにしゃがんだ。
「母ちゃんの言うことを聞けよ」
正には、父がどこへくのかよく分かっていなかった。ただ、周りのたちが誰も笑っていないことだけが怖かった。
父のきながを撫でた触を、正は今でも覚えていた。
最初の頃、父からはが届いた。
無事だ。
こちらは元気にしている。
正はきくなったか。
かれている内容はいつもかった。それでも澄は、届いたを何度も読み返し、最には丁寧に畳んで箪笥の奥へしまった。
だが、ある期を境には途絶えた。
部隊がどこへ移したのかも分からなくなった。所では、同じ頃に征した男たちの戦通が次々と届き始めた。
「慎太郎さんも、もう……」
そんな言葉をにする者もいた。
けれど澄だけは、仏壇に位牌を置くことを拒んだ。
「んだってらせが来たわけじゃありません」
姑に何度言われても、澄はそう答えた。
「私は待ちます」
終戦を迎えても、慎太郎は戻らなかった。
正は、母が夜に1で起き、古いを読んでいる姿を何度も見た。声をかけることはできなかった。
そして終戦から数かが過ぎた頃、復員者の名簿に慎太郎の名があるというらせが届いた。
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そのから澄は、父が帰ってきたに着せるための着物をえた。糧が分でないでも、しずつ米を残していた。
汽笛が響いた。
ホームにいた々が斉にちがった。
列は黒い煙を吐きながら、ゆっくりと駅へ入ってきた。窓から見える男たちは皆痩せ、顔も悪く、軍も擦り切れていた。
扉がく。
次々とがりてくる。
名を叫ぶ声と、泣き声がホームに広がった。
「慎太郎さん!」
突然、澄が叫んだ。
正は母の線を追った。
列から、1の男がりてきた。
頬はくこけていた。軍は何度も繕われ、にはさな雑嚢しか持っていなかった。
正は、瞬その男が誰なのか分からなかった。
に残っている写真のの父は、もっと頬がふっくらしていた。肩も広く、笑うと目尻に皺が寄った。
目のの男は、ずっとを取ったように見えた。
だが男は澄を見た。
唇が震えた。
「澄……」
その言を聞いた瞬、澄はそのに崩れ落ちた。
慎太郎は慌てて雑嚢を落とし、妻のところへ歩み寄った。
「すまん。遅くなった」
澄は何度も首を横に振った。
「きてた……」
それしか言えなかった。
慎太郎は正を見た。
しばらく、何も言わなかった。
「正か」
正は頷いた。
「きくなったな」
父のが伸びてきた。
3より細く、節が目つだった。
それでもに触れられた瞬、正のに忘れていた覚が蘇った。
「父ちゃん」
初めて、その言葉がからた。
慎太郎は顔を歪め、正を抱き寄せた。
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