"上野駅、弟が消えた夜" 第7話
最初は何をしても遅く、から「そこじゃない」「雑に触るな」と叱られた。
それでも照子は辞めなかった。
荷物運びで鳴られるのとは違った。
ここでは違えた理由を教えてもらえる。
次に直せば、昨よりできることが増える。
それが照子には鮮だった。
1週ほど経った頃、崎へをいた。
《勇は元気ですか。べていますか。夜は眠れていますか》
自分のことはほとんどかなかった。
返事は10に届いた。
《勇くんは元気です。学へ通う準備をしています。最は文字の練習をしています》
最に崎の字で、もうあった。
《勇くんは、照子さんがどこで眠っているかを番配しています》
照子はわず笑った。
自分ばかり弟を配していたつもりだった。
向こうも同じだった。
その夜、勇へ直接をいた。
《私は今、仕さんで働いています。布団で寝ています。毎ご飯もべています。だから配しなくていいです》
できるだけ簡単な字を使い、何度もき直した。
数週。
勇から初めてのが届いた。
まだ習いたての、のばらばらな字で文字ずつ丁寧にかれていた。
《おねえちゃんへ。ぼくはげんきです。まいにちごはんをたべています。べんきょうもしています。おねえちゃんもちゃんとたべてください》
照子は何度も読み返した。
広告
最には。
《こんどあったら、ぼくが字をおしえます》
とかれていた。
「気になったわね」
誰もいない部で呟くと、自然に笑えた。
それから照子はに度ほど施設へ勇に会いにった。
会うたびに勇の顔つきは変わった。
言葉が増えた。
読める字が増えた。
体もしずつきくなった。
方で照子も仕の仕事を覚えていった。針に糸を通すことから始め、ほつれを直し、裾を縫い、やがて簡単な直し物なら任されるようになった。
では、をきることだけで精杯だった。
今は。
来。
来。
その先まで。
し考えられる。
勇を置いてきたことへの罪悪は完全には消えなかった。
けれど。
弟を放した。
照子もまた。
自分がきる所を。
探し始めていた。
それから1が過ぎ、勇は10歳になった。施設のくにある学へ通い始め、国語や算数を覚え、友達もしずつ増えていた。施設の子どもだというだけでからかわれるもあったらしいが、勇は以のように何でも黙って耐えることはせず、崎や先へ話すようになっていた。
の終わり、照子のもとへしい封筒が届いた。
に入っていたのは勇のと、通表の写しだった。
国語は「良」。
算数も「良」。
図画作もよかった。
体育だけしかった。
その横に勇の字で、
《かけっこでころびました》
広告
といてある。
照子は声をして笑った。
にいた頃、勇が学へ通う未来など考えたこともなかった。今べるものを探し、夜の寒さをしのぎ、を終えるだけで精杯だったからだ。
の面会で勇に会うと、以より背が伸びていた。
「お姉ちゃん、これ読める?」
勇は教科を広げた。
「馬鹿にしないでよ。それくらい読めるわ」
「じゃあ、これは?」
し難しい漢字を指さされた。
照子は黙った。
勇は得そうに読み方を教えた。
「今度は僕がお姉ちゃんに教える番だね」
その言葉を聞いて、照子は笑った。
では。
自分が勇へ。
何でも教えていた。
今は。
弟から。
教えてもらうことがある。
その変化が。
嬉しかった。
そのの帰り際、勇は将来について初めてにした。
「僕、きくなったら駅で働きたい」
照子は驚いた。
「どうして駅なの?」
「駅なら、いろんなが帰ってくるから」
「帰ってくる?」
「野にいた、毎が来たり帰ったりしてたでしょ。駅で働いたら、誰かが迷ってても助けられるかもしれない」
照子は何も言えなくなった。
勇ので。
野駅は。
ただ寒くて苦しい所では。
なかった。
自分たちが。
必にきた所。
れた所。
そして。
誰かが戻ってくる所。
として残っている。
その、照子にも変化があった。
から「そろそろみ込みをやめて、自分の部を借りたらどうだ」
と言われたのだ。もし増え、貯もでき始めていた。
「ここにいちゃ駄目ですか」
照子がわず尋ねると、は笑った。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
帳簿から消えた14歳
大正5年、大阪の小さな食品加工工場で働く19歳のトミと、14歳の妹・ハル。父を亡くした姉妹の給金は、故郷に残る母と弟たちの暮らしを支える、唯一の収入だった。 やがて女性や年少者の働き方を制限する「工場法」が施行され、トミは、妹が夜遅くまで働かされる日々もようやく終わると信じる。 ところが翌朝も、工場では何一つ変わらなかった。不審に思ったトミが事務所の職工名簿を開くと、そこから14歳のハルをはじめ、年若い女工たちの名前だけが消えていた。 代わりに記されていたのは、実在しない17歳の男工《松崎春吉》。名字も住所も入職日も、すべてハルと同じだった。 工場はなぜ少女たちを別人として記録したのか。そして、妹自身もなぜその嘘を受け入れているのか。家族を養うために働かなければならない少女たちと、妹の名前を取り戻そうとする姉が、「守られること」の厳しい現実に直面する――。時代|歴史1.7万字5 7 -
完結第11話
最後の転校届
昭和40年、ダム建設によって水没する杉ノ沢村では、家々が次々と解体され、ただ一つの小学校にも5人の児童しか残っていなかった。 女性教師・森山佳代子が気にかけていたのは、6年生の中村修一だった。ほかの家族が転校手続きを終える中、修一だけは転校届を持ってこない。父親は移転に反対していないはずなのに、なぜ息子の進路だけ決めないのか。 ある日、佳代子が中村家を訪ねると、家はすでに取り壊されていた。修一は一か月以上も前に移転し、十数キロ離れた新居から、雨の日も自転車で旧村の学校へ通い続けていたのだ。 「なくなるなら、最後までいたい」 卒業まで杉ノ沢小学校へ通いたいと訴える修一。しかし冬が訪れ、雪にまみれて登校した少年を前に、佳代子はついに父親が差し出した転校届を受け取る。 故郷を奪いたくないという少年の願いと、未来へ送り出さなければならない教師の責任。村が湖底へ消える最後の春、二人の別れをつなぐ一枚の写真が残される――。時代|歴史|昭和1.6万字5 6 -
完結第10話
16歳、家を出た姉
昭和8年、不況と凶作に苦しむ岩手の山村で、16歳の千代は両親と4人の弟妹と暮らしていた。 米櫃は底をつき、母は自分の食事を幼い子どもへ譲り、父は昼飯も持たずに働いていた。父から奉公を禁じられた千代は、「私が一人減れば、四人分でいいでしょ」という置き手紙を残し、家族に黙って盛岡の料理屋へ向かう。 3か月後、千代から5円の郵便為替が届いた。それから毎月、同じ料理屋の名で仕送りは続いたが、千代自身の手紙だけは一度も届かなかった。 2年後、不安を抱いた弟の勇一は、貯めた汽車賃を握りしめ、一人で盛岡へ姉を捜しに行く。ところが料理屋の女将から告げられたのは、思いもよらない事実だった。 「千代なら、ここには3か月しかいなかったよ」 では、毎月途切れずに届いていた5円は、どこで働く誰が送っていたのか。家族を生かすために居場所も言葉も隠した少女と、姉の行方を追う弟の長い旅が始まる――。時代|歴史|昭和1.5万字5 6 -
完結第10話
焼け残った家を壊せと言われた
昭和23年、戦争の傷跡が残る東京の下町で、信一は父とともに、空襲を奇跡的に免れた小さな豆腐屋を守っていた。 ところがある日、役所の職員が店先に白い杭を打ち、「この場所には、もう家を建て直せません」と告げる。新しい道路の予定地になったため、焼け残った家も取り壊さなければならないというのだ。 駅近くの換地へ移れば、商売を大きくできる。そう考える信一に対し、父の清吉は頑として立ち退きを拒み、母まで「この家を離れられない」と言い出した。 なぜ両親は、暮らしやすい新天地より、焼け跡に残った古い家にこだわるのか。 やがて母が仏壇の引き出しから取り出した一冊の帳面によって、信一は、この家に戦後から守られてきた「ある記憶」があることを知る――。時代|昭和1.5万字5 33