"上野駅、弟が消えた夜" 第8話
「追いすんじゃない。いつまでもの奥で寝てないで、自分のを持てって言ってるんだ」
澄も頷いた。
「帰ってくる所があると、はしくなるものよ」
照子は迷った末、だけのさな部を借りた。
古い造の。
狭い台所。
畳。
さな窓。
それだけ。
けれど。
初めて。
自分の所ができた。
契約を終えたその、照子はしい所を何度もへいた。
そして最初にを送ったのは、勇だった。
《今度からここへをください。ここが私のです》
きながら、目が潤んだ。
勇とにいた頃。
「になったら部を借りよう」
そう話した。
結局。
緒では。
叶わなかった。
それでも。
別々の所で。
とも。
根のへたどり着いた。
数。
勇から返事が来た。
《おねえちゃんのいえに、こんどいってもいいですか》
照子はすぐにいた。
《もちろん》
その言をけることが。
何より嬉しかった。
照子が18歳になった、仕事の届け物で野くまで来る会があった。用事を済ませたあと、駅まで来るとが自然に昔のへ向かった。の様子はしずつ変わり、以あれほどかったや子どもたちの姿も減っていた。
い布を結んでいた柱は、まだあった。
しかし布はもうない。
当然だった。
3も経っている。
それでも照子は、柱の表面へそっとを触れた。
広告
勇を待った夜。
片方の靴を見つけた瞬。
朝まで名を呼び続けたこと。
すべてが。
昨のことのように蘇った。
照子は今も、あの靴を捨てられずにいた。
しい部のさな箱へ。
勇のや。
い布と緒に。
しまっている。
そのの夜。
勇へをいた。
《今、あの柱を見てきました》
数、返事が来た。
《ぼくもきたいです》
照子は迷った。
勇がでの活をどうっているのか、これまで詳しく聞いたことはなかった。施設へ入ってから、勇は昔のことをほとんど自分から話さなくなっていたため、忘れたいなら無理にいさせる必はないと考えていた。
ところが次の面会で。
勇は自分から言った。
「回だけ、緒にこう」
は休、野で待ちわせた。
勇は12歳になっていた。
もうすぐ。
照子の肩に。
届きそうなほど。
きくなっている。
へ入ると、勇は急に静かになった。
柱の所まで、でゆっくり歩いた。
「あの、ここに靴置いたんだよ」
「ってる」
「最まで迷ってた」
勇は柱を見ながら言った。
保護するたちについていけば、ご飯も布団もある。
学にもける。
その話を聞いた。
勇は本当に。
きたいとった。
けれど照子をにするのが怖かった。
だから何度も。
柱へ戻ろうとした。
「でも僕が戻ったら、お姉ちゃん、また僕のために働くとったんだ」
広告
照子は黙って聞いた。
「僕がいなくなったら、お姉ちゃんし楽になるとった」
照子は苦笑した。
「最初は全然楽じゃなかったわよ」
勇も笑った。
「ごめん」
「ご飯個に入れても、半分残しちゃうの。寝るも隣に誰かいないと落ち着かなかった」
「じゃあ駄目だった?」
勇がそうに聞いた。
照子はし考えた。
「でも、そのうち変わった」
ちゃんと眠れるようになった。
仕事を覚えた。
自分の部を借りた。
勇も学へった。
あの、どちらか方が勇気をして別の所へまなければ、今も違うになっていたかもしれない。
「僕、違ってなかったのかな」
勇がもう度聞いた。
照子は首を傾げた。
「分からない」
「分からない?」
「正しかったとも、違ってたとも言えないとう。だって9歳だったんでしょう。みたいな正しい方法を選べるわけないじゃない」
勇は黙った。
「でも、きたかったんでしょう?」
「うん」
「私にもきてほしかったんでしょう?」
「うん」
「だったら、もうそれでいいんじゃないかな」
照子は柱からをした。
「私たち、あの頃は選べるものがなすぎたのよ」
帰り。
は駅のへ入り、温かいうどんをべた。
勇は杯を全部平らげた。
昔なら照子へ残そうとしただろう。
けれど今は。
自分の分を。
自分で全部べる。
照子はそれを見ながら。
何だか嬉しくなった。
をると勇が言った。
「今度、お姉ちゃんの部きたい」
「いいけど狭いわよ」
「より広いでしょ」
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
帳簿から消えた14歳
大正5年、大阪の小さな食品加工工場で働く19歳のトミと、14歳の妹・ハル。父を亡くした姉妹の給金は、故郷に残る母と弟たちの暮らしを支える、唯一の収入だった。 やがて女性や年少者の働き方を制限する「工場法」が施行され、トミは、妹が夜遅くまで働かされる日々もようやく終わると信じる。 ところが翌朝も、工場では何一つ変わらなかった。不審に思ったトミが事務所の職工名簿を開くと、そこから14歳のハルをはじめ、年若い女工たちの名前だけが消えていた。 代わりに記されていたのは、実在しない17歳の男工《松崎春吉》。名字も住所も入職日も、すべてハルと同じだった。 工場はなぜ少女たちを別人として記録したのか。そして、妹自身もなぜその嘘を受け入れているのか。家族を養うために働かなければならない少女たちと、妹の名前を取り戻そうとする姉が、「守られること」の厳しい現実に直面する――。時代|歴史1.7万字5 7 -
完結第11話
最後の転校届
昭和40年、ダム建設によって水没する杉ノ沢村では、家々が次々と解体され、ただ一つの小学校にも5人の児童しか残っていなかった。 女性教師・森山佳代子が気にかけていたのは、6年生の中村修一だった。ほかの家族が転校手続きを終える中、修一だけは転校届を持ってこない。父親は移転に反対していないはずなのに、なぜ息子の進路だけ決めないのか。 ある日、佳代子が中村家を訪ねると、家はすでに取り壊されていた。修一は一か月以上も前に移転し、十数キロ離れた新居から、雨の日も自転車で旧村の学校へ通い続けていたのだ。 「なくなるなら、最後までいたい」 卒業まで杉ノ沢小学校へ通いたいと訴える修一。しかし冬が訪れ、雪にまみれて登校した少年を前に、佳代子はついに父親が差し出した転校届を受け取る。 故郷を奪いたくないという少年の願いと、未来へ送り出さなければならない教師の責任。村が湖底へ消える最後の春、二人の別れをつなぐ一枚の写真が残される――。時代|歴史|昭和1.6万字5 6 -
完結第10話
16歳、家を出た姉
昭和8年、不況と凶作に苦しむ岩手の山村で、16歳の千代は両親と4人の弟妹と暮らしていた。 米櫃は底をつき、母は自分の食事を幼い子どもへ譲り、父は昼飯も持たずに働いていた。父から奉公を禁じられた千代は、「私が一人減れば、四人分でいいでしょ」という置き手紙を残し、家族に黙って盛岡の料理屋へ向かう。 3か月後、千代から5円の郵便為替が届いた。それから毎月、同じ料理屋の名で仕送りは続いたが、千代自身の手紙だけは一度も届かなかった。 2年後、不安を抱いた弟の勇一は、貯めた汽車賃を握りしめ、一人で盛岡へ姉を捜しに行く。ところが料理屋の女将から告げられたのは、思いもよらない事実だった。 「千代なら、ここには3か月しかいなかったよ」 では、毎月途切れずに届いていた5円は、どこで働く誰が送っていたのか。家族を生かすために居場所も言葉も隠した少女と、姉の行方を追う弟の長い旅が始まる――。時代|歴史|昭和1.5万字5 6 -
完結第10話
焼け残った家を壊せと言われた
昭和23年、戦争の傷跡が残る東京の下町で、信一は父とともに、空襲を奇跡的に免れた小さな豆腐屋を守っていた。 ところがある日、役所の職員が店先に白い杭を打ち、「この場所には、もう家を建て直せません」と告げる。新しい道路の予定地になったため、焼け残った家も取り壊さなければならないというのだ。 駅近くの換地へ移れば、商売を大きくできる。そう考える信一に対し、父の清吉は頑として立ち退きを拒み、母まで「この家を離れられない」と言い出した。 なぜ両親は、暮らしやすい新天地より、焼け跡に残った古い家にこだわるのか。 やがて母が仏壇の引き出しから取り出した一冊の帳面によって、信一は、この家に戦後から守られてきた「ある記憶」があることを知る――。時代|昭和1.5万字5 33