みかん小説
本棚

"16歳、家を出た姉" 第5話

女将はゆっくり話し始めた。

「細い娘だったけど、よく働いたよ。朝は誰よりく起きて、夜も最まで片づけをしてた」

「それなら、どうしてで辞めたんですか」

が尋ねると、女将は困ったように息を吐いた。

だよ」

料理では所と事はた。

けれど、千代がっていたほどくなかった。肌着や用品を買い、わずかなの回りの費用を払えば、へ5円送るのは難しかったという。

「千代は最初から、毎5円はへ送りたいって言ってた」

「5円……」

「何でそこまで5円にこだわるのか聞いたことがある」

女将はし笑った。

「米と噌を買って、弟の学の物も買うには、それくらい必だってさ。16の娘が、の暮らしの勘定ばっかりしてたよ」

は膝ので拳を握った。

あの5円は偶然の額ではなかった。

姉はから、に必で計算していたのだ。

「それで、もっとのいいところを探し始めた」

女将のいから、盛岡郊の製糸み込みの女を募集していると聞いた。料理より仕事は厳しかったが、働き方によってはを残せる。

「私は止めたよ」

女将は言った。

「ここでしばらく働いて、慣れてから考えればいいって。でも千代は聞かなかった」

には、その様子が簡単に来た。

度決めると、姉は昔から頑固だった。

広告

「じゃあ姉ちゃんは、そのへ?」

「ああ」

「毎の為替は?」

「千代のだよ」

は顔をげた。

「でも、どうしてこのの名で」

女将は湯みを持った。

「千代が頼んだんだ」

へ移ったあと、千代は毎から5円を料理へ届けた。直接来られないいへ預け、女将が料理の名義で為替を組んだ。

「何でそんな面倒なことを」

が尋ねると、女将はし黙った。

「父親に所をられたくなかったんだよ」

は言葉を失った。

「千代は言ってた。所が分かったら、父ちゃんは絶対に迎えに来るって」

「……」

「自分が帰ったら、何のためにたか分からなくなるってさ」

の胸のへ、りともしみともつかないものが広がった。

も?」

かないって決めたらしい」

「どうして」

女将は勇をまっすぐ見た。

いたら帰りたくなるからだって」

は俯いた。

そんな理由を聞きたくなかった。

姉が族を忘れてかなかったのなら、まだれた。

けれど、忘れられなかったからけなかったと言われれば、る相がいなくなる。

女将は所をいてくれた。

「今もいるとうよ。先を持ってきたから」

を受け取った。

「ありがとうございます」

がると、女将が呼び止めた。

「弟さん」

「はい」

「千代を責めるんじゃないよ」

は振り返った。

広告

「責めるために来たんじゃありません」

そう答えた。

けれど、本当は分からなかった。

会えば鳴るかもしれない。

泣くかもしれない。

何も言えないかもしれない。

夕方、勇は町れへ向かった。

を歩くにつれなくなり、代わりにきな建物が見えてきた。

い塀。

煙突。

窓が幾つも並ぶ

の向こうから、絶えなく械の音が響いていた。

で待った。

が傾き始めた頃、仕事を終えた女たちが次々と姿を見せた。

皆、似たような作業着を着ていた。

疲れた顔をしている者。

隣の女と話しながら笑っている者。

に寄宿舎へ向かう者。

ずつ顔を見た。

も通り過ぎた。

もしかすると、もう辞めているのではないか。

そんなをよぎった。

そのだった。

の方を歩いてきたの若い女に、勇の目が止まった。

痩せていた。

髪型も変わっていた。

頬は以より細く、は赤く荒れていた。

それでも分かった。

「姉ちゃん」

女がち止まった。

数歩ろにいた女がぶつかりそうになったが、その女は気づかない。

ゆっくり振り返った。

「……勇?」

ぶりだった。

った。

ずっと考えていた言葉があった。

どうしてかなかった。

どうして居所を隠した。

父ちゃんも母ちゃんも配していた。

全部言うつもりだった。

ところが姉のまで来ると、つもてこなかった。

千代は弟を見げた。

は自分の肩よりかった弟が、今はほとんど同じ背丈になっていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: