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"最後の転校届" 第1話

40

岐阜県のあいにある杉ノ沢では、桜が咲くより先に、いあいだ見慣れてきた々が軒ずつ姿を消していた。朝になるとのどこかから槌を打つ乾いた音が響き、昨まで煙突から細い煙をげていた根がされ、古い柱や梁が本ずつ面へろされていった。

具を載せた荷が狭いを通っていくたび、たちは作業のを止めて見送った。箪笥、布団、鍋、農具、仏壇まで、何も同じに置かれていた物が次々に運びされる景は、引っ越しというより、そので積みねてきたそのものをほどいていくように見えた。

理由は、流でめられていたきなダム建設だった。

完成すれば、杉ノ沢部分はの底へ沈む。

計画そのものは突然決まったわけではなかった。数から何度も説会がかれ、の補償について話しいが続けられてきた。反対する者もいれば、仕方がないと受け入れる者もいたが、最にはどのも移転先を決めなければならなかった。

沿いにつくられたしいへ移るもあった。

町へて商売を始めるもあった。

くの親戚を頼るもあった。

どんな形であれ、にそのまま残るという選択肢だけはなかった。

先に移されたのは神社だった。

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の祭りのたびにが集まった社殿が解体され、別の所へ運ばれていった。墓では先祖代々の墓つずつ掘り起こされ、遺された骨とともに移されていった。

たちは墓が運ばれるたび、黙ってわせた。

若い者たちは荷造りや仕事に追われていたが、振り返る回数だけはに増えていった。

でただつの杉ノ沢も、例ではなかった。

古い舎は、翌3を待たず、その度いっぱいで閉することがすでに決まっていた。

かつて百い子どもたちが通った代もあった。

会のには庭いっぱいに族が集まり、には廊音が絶えなかった。駄箱には入りきらないほど靴が並び、教の窓からは何もの声がなって聞こえたという。

しかし昭40、学に残っていた児童は、わずか5だった。

1が1

3が2

6が2

教員も2しかいなかった。

59歳の川瀬信を兼ねながら授業にもち、32歳の森佳代子が残りの学を受け持っていた。

朝礼をしても、庭に並ぶ子どもは5だけだった。

には、の声より々のざわめきの方がきく聞こえた。

の鍋も以よりずっとさくなった。

を学ごとに分ける必もなくなり、つの部で違う学の授業が同われていた。

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黒板の半分には1のひらがな、半分には6の算数がかれ、そので3が国語の教科を読んでいた。

それでも子どもたちは、以と同じように毎朝学へやって来た。

誰かのがなくなった翌でも。

友達がした次の朝でも。

まで通れた事のため回りになっていても、子どもたちはランドセルを背負い、いつものをくぐった。

佳代子には、その姿が健気に見える方で、どこか痛々しくもじられた。

毎週のように転届を受け取っていたからだった。

最初は20ほどいた子どもたちが、、またといなくなった。

「先で最です」

そう言って机のを片づける子。

しい学きいんだって」

と笑っていたのに、帰り際になると泣いてしまう子。

誰かがるたびに机がつ空き、その机はやがて教ろへ運ばれた。

佳代子は、その景にもしずつ慣れなければならなかった。

教師である以、送りすことも仕事だった。

子どもたちがしいで困らないよう、転先の学へ成績や活の記録を送り、本には「友達をたくさん作ってね」と笑って言った。

それでも、最まで慣れなかったことがつだけあった。

朝、教へ入るたび、佳代子は必ず6の席を見る。

そのが、今も座っている。

そして今も、転届を持ってきていない。

は、すでに補償契約を終えているはずだった。

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