"最後の転校届" 第6話
修は何も言えなくなった。
教へ入ると、佳代子はストーブのくへ子を置き、修を座らせた。
濡れた靴を乾かし、えたを温めさせる。
普段なら反抗するも、そのは黙っていた。
しばらくして川瀬が佳代子へ言った。
「森先」
「はい」
「責めすぎるなよ」
佳代子は振り返った。
「でも、危ないです」
「分かっとる」
川瀬はストーブののやかんを見た。
「分かっとるからこそ、難しいんだ」
佳代子は何も返せなかった。
午。
徳治が学へやって来た。
今は自転ではなく、事関係のに乗せてもらって来たらしい。
には1枚のがあった。
転届だった。
以見たものと同じように、必な欄はすべて記入されている。
徳治は職員へ入ると、机のにを置いた。
「先」
い声だった。
「お願いします」
佳代子は転届へ目を落とした。
提。
所。
転先。
父親の署名。
何もはない。
これを受け取れば、修の杉ノ沢学での活は終わる。
教のろには、修がっていた。
父親に呼ばれて来たのだろう。
「嫌だ」
さな声がした。
誰も答えなかった。
「先、受け取らないで」
佳代子はの端へを置いた。
「修君」
「あと3かだけじゃん」
「3かじゃない」
「卒業までだよ」
「分かってる」
「だったら!」
佳代子はを見た。
毎朝12キロを通ってきた顔。
ので赤くなった。
広告
濡れた靴。
その全てを見たあとで、それでも教師として言わなければならないことがあった。
「だからこそよ」
修の顔が張った。
「先までを捨てるの?」
その言に、徳治が息をのんだ。
佳代子のも止まった。
しばらく、誰も話さなかった。
窓のからは、根のが落ちる音だけが聞こえた。
「先だって、捨てたくない」
佳代子は静かに言った。
修が目をげた。
「この学も好きよ」
佳代子は教を見回した。
「あなたたちがいなくなった教を片づけるのも嫌」
壁には、何もの卒業が作った作品が残っている。
「の額をすのも嫌」
玄関のにかかった名板も、いつかされる。
「卒業の写真を箱に入れるのも嫌」
修の目が揺れた。
佳代子自も、言葉を続けながら胸が苦しくなった。
「でもね」
度息をえた。
「がなくなるからって、あなたのこれからまで、ここに沈めてはいけないの」
修の顔が歪んだ。
「俺、と緒に沈むなんて言ってない」
修は絞りすように言った。
「分かってる」
「だったら……」
「だからしい学へきなさい」
佳代子は声を荒らげなかった。
その方が、修にはつらかったかもしれない。
「ここに来たい気持ちを否定しているんじゃない」
「同じだよ」
「違う」
「先には分からないよ」
「分からない部分もあるとう」
佳代子は正直に答えた。
広告
「でも、毎あなたが無事に学へ来られる保証はない。今だってのを来たでしょう」
修は黙った。
「もし転んで怪をしたら?」
「……」
「誰にも見つからない所だったら?」
の肩がしがった。
「あなたが杉ノ沢を切にっていることと、危ないを毎通ることは同じじゃない」
修は目元をこすった。
「俺、ただ卒業したかっただけなのに」
「ってる」
「最までいたかっただけなのに」
「うん」
「みんな途でいなくなったから」
佳代子は、その言葉を初めて聞いた。
修はを見たまま続けた。
「にはもっといたんだよ」
「そうね」
「毎週誰かいなくなって、机が減って」
「……」
「俺までったら、学がなくなるのがくなる気がした」
佳代子は胸を突かれた。
修は学を守れるとっていたのではない。
ただ、誰かがいなくなるたびに、閉のがづいてくるのをじていたのだ。
自分だけでも残れば、そのをし遅らせられる。
子どもらしい考えだった。
しかし佳代子には、笑うことなどできなかった。
自分にも似た気持ちがあったからだ。
子どもが1減るたび、教が急に広くじられた。
机をつ運びすだけで、学そのものがさくなっていくようにじた。
「修君」
佳代子は転届をに取った。
が顔をげた。
「あなたがいなくなったから学がなくなるんじゃない」
「……」
「あなたがしい学へっても、ここで6過ごしたことは消えない」
修は何も言わなかった。
「杉ノ沢学がなくなっても、あなたがここの子だったことまでなくなるわけじゃない」
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和39年、給食費泥棒にされた少女
昭和39年、村の小学校で給食費9,600円がなくなったと騒ぎになり、11歳の岸田和子は担任から泥棒だと決めつけられた。無実を訴えても信じてもらえず、和子は転校を余儀なくされる。それから35年。廃校となった母校で古い出納簿を見つけた和子は、問題の給食費が事件の二日前に全額入金されていたことを知る。なぜ教師は、なくなっていないお金を盗んだと少女を責めたのか。食数の合わない給食記録、突然退職した調理員、沈黙する元同級生。忘れられた帳簿を手がかりに、和子は35年間隠されてきた学校の秘密を追い始める。時代|歴史|昭和|真相3.1万字5 298 -
完結第12話
昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録
昭和44年、長野県の小さな駅で働く杉原修一は、最終列車を見送った夜、8万6,400円の現金とともに姿を消した。父を泥棒と呼ばれながら育った娘の美緒は、28年後、取り壊しが決まった駅舎で古い駅務日誌を発見する。そこには、父が終電の55分後、赤いランプを持って七号橋へ向かったという不可解な記録が残されていた。運休したはずの貨物列車、書き換えられた帳簿、沈黙を守る関係者たち。父はあの夜、何を知り、なぜ帰ってこなかったのか。昭和の小駅に封じられた28年間の謎を追う、家族と真実の物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|真実2.9万字5 253 -
完結第13話
六時の椅子
昭和35年、東京下町。72歳の小野寺ハルは、取り壊しが決まった古い写真館の前に、毎朝六時から木椅子を置き、持ち主不明の家族写真を返そうとしていた。 ある朝、一人の女性が写真の中の娘・澄子を見て顔色を変える。十五年前の東京大空襲で、行方不明になった六歳の娘と一緒にいたというのだ。 澄子もまた、あの日から帰っていない。亡き夫が残した古い記録には、二人の名前が並んでいた。 戦争に引き裂かれた家族の足跡を追い、十五年間閉ざされていた真実へと近づく、母たちの物語。時代|歴史|昭和2.8万字5 128 -
完結第13話
返せなかった六百二十円
昭和二年、金融恐慌に揺れる東京・神田。銀行員の徳田美佐は、取り付け騒ぎのさなか、印刷所を営む父が請求した預金六百二十円だけを、自分の判断で留めてしまう。 給金を払えなくなった父の工場では職人が去り、父娘の間にも深い溝が生まれる。さらに銀行は「いつでも全額払える」と記した宣伝紙を配り、美佐が認めていない報告書には「確認済」の印が押されていた。 自分の過ちと、銀行が隠そうとする事実。美佐は職を失う覚悟で真相に向き合うことになる。時代|歴史|昭和|親子関係2.8万字5 211