"昭和33年、父が隠した高校合格通知" 第10話
という文字までいてあった。
修はそれを見て、いけなかった。
父も本当にきたかったのだ。
自分よりずっと。
まだ修も、子も、浩もまれていなかった頃。
正吉にも15歳のがあった。
期待し、
結果を待ち、
そしてらないまま、そのを閉じられたが。
修は自分の格通と、父の参考を並べた。
つとも同じ引きしへ戻した。
父のを美しい話に変えようとはわなかった。
祖父がしたことも、
父が自分にしたことも、
「昔は仕方なかった」
という言で済ませたくはなかった。
貧しさには事がある。
族には責任がある。
しかし事があることと、子どものを黙って決めていいことは同じではない。
正吉自、それを最には理解していたのだとう。
昭33。
本ではへむ子どもがしずつ増えていた。
けれど方の農では、学を卒業すれば働くこともまだごく普通の選択だった。
子どもがへ通うということは、授業料だけを払うことではない。
制を買う。
教科を買う。
汽へ乗せる。
その、本来ならへ入るはずだったもなくなる。
の財布全部で、の子どものを買うようなものだった。
だからこそ、学は子どもの問題ではなかった。
しかし同に、
族だけの問題でもなかった。
広告
その学へ通うのは、その子自だからだ。
何。
修の孫が受験を迎えた、族が集まった卓での話になった。
孫は言った。
「もし第志望に受かったらきたい。でもお、いんでしょう?」
修はわず笑った。
15歳の自分と同じような配をしている。
息子夫婦が、
「おのことはが考えるから」
と言いかけた。
その、修はを挟んだ。
「いや」
皆がこちらを見る。
修は孫に言った。
「のことも緒に考えればいい」
孫がし驚いた。
「子どもが?」
「ああ」
「でも分からないよ」
「分からないなら聞けばいい」
修は笑った。
「だって、全部分かってるわけじゃない」
そしてしだけ考えてから続けた。
「ただつだけ覚えとけ」
「何?」
「おのを、おに黙って誰かに決めさせるな」
息子が、
「急にいな」
と笑った。
修も笑った。
それ以は何も説しなかった。
事の。
修は仏壇のに座った。
引きしをける。
黄ばんだ格通。
さらにそのには、父の古い算術の参考。
何ものを経て、はくなり、文字もし褪せていた。
修は通をに取った。
父が隠した。
あのがなければ、父とあれほど激しくぶつかることもなかったかもしれない。
のについて初めて話すこともなかったかもしれない。
父が自分と同じを持っていたことも、らなかったかもしれない。
広告
だからといって、隠してよかったとはわない。
今でもそれだけは変わらない。
ただ、あのに修が本当に受け取ったものは、格通だけではなかった。
親の言う通りにきるのでもなく、
親に反発するためだけにきるのでもなく、
事をり、
迷い、
誰かと話し、
最は自分で選ぶこと。
その責任だった。
修はを元へ戻した。
引きしを閉めるに、父の位牌へ目を向けた。
「父ちゃん」
声にしてみた。
もちろん返事はない。
それでも修は、し笑った。
「俺はちゃんと、自分で決めたよ」
そして引きしを静かに閉じた。
、父が隠した枚の通。
それは親子代にわたって繰り返されかけた悔を、代目へ渡さないための記憶として、そのもく仏壇のに残された。
あの。
正吉が息子へ本当に渡したかったものが何だったのか、修が理解するまでには何もかかった。
それはへく許ではなかった。
でもなかった。
度は自分ので奪ってしまった、
「自分のを自分で選ぶ権利」
だったのである。
※昭33(1958)頃の方農における学、期就職、計事などを背景にした創作です。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年
昭和27年の春。戦争で夫を亡くした三十歳の女性は、八歳の息子を育てるため、自宅の一角に小さなたばこ屋を開いた。初めて売れた一箱のピース。窓の横で宿題をする息子。毎朝やってくる常連客。決して楽な暮らしではなかったが、小さな窓の向こうには、いつも誰かの声があった。やがて息子は成長し、町には自動販売機が増え、馴染みの客も一人、また一人と姿を消していく。そして開店から五十年、彼女は店を閉める決心をする。時代|歴史|昭和|夫婦3.7万字5 190 -
完結第10話
受話器の向こうの春
昭和19年、神戸。幼いころに母と弟妹を亡くし、親戚の家を転々としてきた15歳のハルは、自分の力で生きるため、電話交換手を目指す。厳しい試験と訓練を乗り越え、ようやく手にした仕事。失敗ばかりの日々も、優しい先輩や仲間たちに支えられ、ハルは初めて自分の居場所を見つけていく。受話器の向こうには、家族を思う声、助けを求める声、遠い街で働く仲間の声があった。しかし戦況が悪化するにつれ、つながらない回線が増え始める。戦火が迫る神戸で、少女が守ろうとしたものとは――。時代|歴史|昭和1.5万字5 140 -
完結第20話
大正、子守奉公の少女
大正時代、貧しい農家に生まれた十一歳の少女は、「三度の飯」を条件に子守奉公へ出された。赤ん坊を背負う毎日から工場近くの家、東京の屋敷へ。三年分の奉公賃は家族に渡され、働く場所も自分では決められなかった。やがて海を越えて旅順へ渡った彼女は、子どもたちの世話をしながら、文字を覚え、針仕事を学び、少しずつ自分の世界を広げていく。誰かのために働くことしか知らなかった少女は、いつか自分の人生を選べるようになるのだろうか。時代|歴史|真相2.8万字5 366 -
完結第20話
昭和62年、国鉄最後の日に駅弁を一つ売らなかった理由
昭和62年3月31日、国鉄最後の日。森渡駅で三十年以上、鶏めし弁当を売り続けてきた宮原澄江は、最後の一個を売らずに残した。翌日から駅の売場はなくなり、長年守ってきた商売も岐路に立たされる。新しい販売条件、息子が勧める国道沿いの店舗、従業員たちの生活。変わりゆく町で、澄江は初めて自分の仕事と向き合い始める。なぜ彼女は、最後の弁当を売らなかったのか。時代|歴史|昭和2.8万字5 169